米中貿易戦争の下地は実は前政権から構想されていた。オバマ政権末期から中国やロシアに対抗するために、米国はもっと戦略的に安全保障政策と経済政策を一体化し、他国への影響力を発揮する「エコノミック・ステイトクラフト(ES)」を展開すべきという提言が、複数のシンクタンクから出されていた。米国がZTEを狙い撃ちして半導体の供給をストップした結果、中国のハイテク産業育成政策「中国製造2025」の推進を遅らせられることを見せつけたのは、まさに準備されていたESの発動であった。
米国の動きは矢継ぎ早に展開された。2018年11月には米中経済安全保障再考委員会(USCC)が中国のハイテク技術が米国の安全保障リスクになると警告するレポートを報告。あらゆるモノがネットにつながる「IoT」や5Gなどの次世代通信で中国が国際標準を握って市場を席巻すれば「米国のデータが吸い取られる」「中国政府が米国の情報を収集する広大な権限を得ることになる」と警鐘を鳴らした。
そしてウォール・ストリート・ジャーナルの報道では、この直後に米政府は、日本、ドイツ、イタリアなど米軍基地を置いている他国に対し、ファーウェイの使用を控えるように政府と通信会社に対して働きかけを始めたという。その結果か、2018年12月、日本政府は中央省庁や自衛隊による情報通信機器の調達について、安全保障上のリスクがある場合19年4月以降に調達しない方針を決めた。「リスク」について中国企業を念頭に置いていることは間違いなく、12月18日時点の報道によると。NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの携帯電話大手3社も5Gの基地局などに中国製品を使わない方針を決め、そのうちソフトバンクについては、現行の「4G」の設備についても、ファーウェイなど中国製の基地局をなくす方針を固めたという。
米国では中国企業が通信機器にバックドア(裏口)を仕掛け、米国の知的財産に関する情報を抜き取ったり、重要な社会インフラを攻撃して市民生活を麻痺させるリスクが高まっているという認識がある。
米国が特に目の敵にするのが中国の「5G」技術の進展だ。5Gに関する技術や製品は、ネット検閲のシステム「グレートファイアーウォール」の中で圧倒的な情報通信量を制御してきた中国企業が多くの特許と技術運用経験を有している。そのため、中国企業の技術と製品供給力がなければ実現が難しいという見解が専門家の間での常識となっている。ある民間調査会社によると17年時点での1万人あたりの5G基地局数は中国が約14万基あるのに対し、米国は4万7000基にとどまっている。
5Gの基地局ネットワークを米国に作るにしても、廉価な中国企業の部品や製品を使わなければ米国でインフレが起きると警告する有識者も多い。しかし、アダム・スミスが国富論で喝破した「国防は経済に優先する」という安全保障の大原則を徹底した「ペンス演説」を見れば、それが楽観的な観測であると言わざるを得ない。米国が劣勢にある5Gだが、中国に追いつき追い越すまで、中国の独走と技術発展を徹底的に止めようとするだろう。