企業が期待を寄せる
「疑似体験」の効果
そんなVRの可能性に気づき、企業が活用する事例が増えている。米IT調査会社IDCの試算によれば、2019年の世界のVRおよびAR(拡張現実)市場は204億ドル、そのうち商業利用が65%を占め、22年には80%に上昇するとされている。IDC日本法人の菅原啓シニアマーケットアナリストは「当面はトレーニング分野を中心にVRの企業利用が進むだろう」と予測する。
VRによる訓練のメリットは「疑似体験できること」(稲見教授)だ。たとえば冒頭の積木製作は「建設現場の仮設足場からの墜落」といった特定のシチュエーションでのVRコンテンツを販売している。現実でビル数階分の高さからの落下など容易には再現できない。しかしVRならば、その恐怖感を手軽に疑似体験し、教訓をより効率的に体得することができる。
個々の業界の特殊な事情に合わせてVRを教育に活用する例もある。商船三井も、積木製作に船員向けVR教育コンテンツの制作を依頼、17年からこれまでに「高所転落」「クレーンからの吊り荷落下」「火災発生時の対策」「スナップバック(船をつなぐロープが破断し、反動で船上に跳ね返る現象。ロープが船員に当たれば最悪死に至る)対策」の4つのVRコンテンツを導入、数百人が体験した。
その主眼は労働災害防止だ。スマートシッピング推進部の藤井仁部長は「かなり細かいケアをしているが、それでも労災はここ数年間、数十件規模で横ばいに推移している。VR教育が労災防止の次なる一手になれば」と期待を寄せる。海上で重傷に至る労災が発生した場合、船員の命にかかわるだけでなく、航路を外れてヘリで緊急搬送する必要があるなど、多額の費用が発生してしまう。
また海運会社としての特徴として、船員の国籍は多種多様であり、教育するにしてもコミュニケーションが難しい。そんな中で「体験」という言語の壁を越えたVR教育は有効ではないかと商船三井は睨(にら)んでいる。
再現できなかったものを再現できる、という点でVRは防災にも有効だ。Jアラートの開発で知られる理経は、ビル火災を想定したコンテンツ「避難体験VR」を開発、17年からパッケージ販売の他、自治体や不動産会社などに向けオーダーメイドを行っている。