「VR(仮想現実)元年と言われた2016年まではVRゲームを作っていたが、この3年は企業向けのVRコンテンツ制作にシフトしてきた」と、VRを用いた安全教育コンテンツを手がける積木製作(東京都墨田区)の赤崎信也取締役は振り返る。
同社は建築業界向け3Dモデルの制作会社としてスタートし、今は安全教育コンテンツのパッケージ販売の他、個別企業からのオーダーメイドも行っている。大林組はその内の1社だ。VR空間内に鉄筋の骨組みを再現し、17年から新人現場監督向けの研修に活用している。
具体的には、VR空間内に鉄筋の位置が図面と異なるなど64カ所の「間違い」を仕掛けた。研修生はVR空間内で図面を参照したりメジャーで測ったりしながら「間違い」を探し出し、「正解」と見比べる。現場からは「実物だったら研修生に間違いしか見せられないが、VRなら正解も見せることができる」、「一つか二つの現場を経験したぐらいまで経験値を底上げできる」といった声が届いているという。
「現場監督は『先輩の背中を見て育つ』要素が強いが、人手不足によりOJTでじっくりと学ぶ時間が取れなくなり、若手の育成速度の向上が求められていた。だが座学では伝えきれない。大阪に鉄筋の骨組みのモックアップを作ったが、研修施設までの往復の時間を含めて丸一日つぶれてしまうのももったいない。そこでVR空間内にモックアップを再現した」(建設本部・中島芳樹担当部長)
VR導入前のモックアップによる研修では、全国から毎週のように20人ほどを大阪に集めていた。だが、VRならば大阪圏外の研修生の移動の時間やコストを大幅に減らすことができる。各支社にPCとVR機器を送って研修を現地で実施、対象となる約600人のうち、これまでに約250人がVR研修を受けたという。「実際の現場で図面と一つ一つ見比べて間違いを探すのは非現実的。このあたりが間違っていそうだな、という感覚を養わせたい」と中島担当部長は語る。
こうした企業によるVRの導入は増加しつつある。この背景について、VR市場の動向に詳しい近藤義仁・エクシヴィ社長は「VR機器の廉価化、モーションキャプチャー技術のコモディティ化が進んでいる」と指摘する。VRのハードウェアは、頭部に装着するヘッドマウントディスプレイ(HMD)と、手に持つコントローラー、その動きをキャプチャーするセンサーが基本的な構成となる。これにより、単にVR映像を見るだけではなく、VR空間内での活動が可能になる。
現在の高性能VR機器の国内市場は、米フェイスブック傘下オキュラス社のオキュラスシリーズ(2・5万~5万円台)と、台湾・HTCのVIVEシリーズ(7万~14万円台)がを削っている。これらの機器に15万円程度のゲーミングPCを用意すれば、基本的なVR環境は整う。かつてと比べて格段に廉価になっており、先端技術に詳しい東京大学先端科学技術研究センターの稲見昌彦教授は「平成元年の第一次VRブームの際には、HMDで数百万円、さらに1億円のコンピューターが必要だった」と語る。