2023年2月7日(火)

迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

2019年2月20日

»著者プロフィール
著者
閉じる

立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

 2010年6月に朝日新聞社が発表した全国世論調査で、ある事実が判明した――。 「経済的に豊かだが格差が大きい国」と「豊かさはさほどでないが格差の小さい国」のどちらを目指すかで、「格差が小さい国:73%」が「豊かな国:17%」を圧倒的に上回った。

 日本人は、総量の豊かさよりも、格差の解消と平等に価値が置かれたのである。同世代や同期入社と比較して倍ないし数倍の格差をつけられることに、違和感を覚える。一方で、一部の特権階級が数百倍や数千倍の格差をもって、想像もできないような贅沢な暮らしを享受していても、雲の上の人間で自分の視界に入らなければ、どうでもいいのだ。

 その影響か定かでないが、日本の富裕層は人前で派手に消費しようとしない。数年前、かなり富裕層の友人が自家用ヨットでクルーズしたり、プール付きの自宅で豪華なパーティーを開いたりするのをフェイスブックに投稿していたところ、大変なことになった。どうやらタレコミされたらしく、国税局からの査察が入ったのだ。これで彼もすっかり懲りたという。雲の上の世界を地上にさらけ出してはいけないのだ。

 人間はおそらく、雲の上の「非日常的格差」よりも、目前にある「日常的格差」のほうが受け入れ難いものだ。格差や不平等の可視化は禁物。格差を見せつけられて憤怒した大衆は、ときにルサンチマン的な復讐情念に駆られ、行動に出るのである。日産自動車のゴーン元会長の一件もその好例だった(参照:「ゴーン独裁者への制裁願望、ルサンチマンに遡源する復讐情念」)。

 そうした意味で、宗教を除いてブルネイは日本人が目指したい国の理想像といってもよかろう。鳩山元首相いわく「日本人もブルネイに移住したいだろう」という仮説もこれで成り立つ。だが、資源貧国の日本は逆立ちしてもブルネイにはなれない。

日本人にとっての均貧・均中・格差

 世の中の国・社会は、4つのグループに分けられる――。

 均等に富む「均富」、均等に貧しい「均貧」、均等の中産である「均中」、そして問題の「格差」社会である。

「均富」以外の場合、雲の上にいる少数の特権階級は必ず存在し、彼たちは一定の、時には絶大なる格差をもって君臨している。ただ庶民にとってこれは、非可視かつ非日常的な存在となっている。

「均富」社会は世界のどこにも存在しない。現実は、「均貧」「均中」と「格差」が相互転化する世の中である。中国は「均貧」から30年かけて「均中」にたどり着けずに一気に「格差」社会に突入した。日本は戦後40年かけて「均貧」から「均中」へ、さらにその後30年かけて今は「均中」から「格差」への転化を遂げようとしている。

 日本人が望んでいるのは、「均貧」でも「格差」でもなく、「均中」なのだ。その「均中」状態の維持は、資源の存在や市場の拡大、持続的成長を前提としているだけに、今の日本は残念ながらこれらの条件をほとんど持ち合わせていない。

連載:迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。


新着記事

»もっと見る