オトナの教養 週末の一冊

2019年2月22日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 まず、自然免疫と獲得免疫の違い。「ヒトの免疫系は抗原を記憶することができる獲得免疫を持つので、『同じ病気に二度かかりなしの仕組み』です」と説明する。

 <免疫記憶を生じる獲得免疫と呼ばれる仕組みは脊椎動物以上に備わっており、このことが哺乳類を含めた脊椎動物が感染症から逃れて長生きし、地球上で繁栄している理由となっております。一方、記憶を残さない免疫、自然免疫は全ての生物に備わっております。>

 本庶博士はこの免疫の仕組みの謎に、留学先の米国で出合った。3年後、家族の将来を考えて帰国する。

 <ここで何をやるか大いに悩みました。米国でやっていたのと同じような抗体遺伝子の研究はとても勝ち目がないから他のことをやれと先輩からアドバイスを受けましたが、どうせやるなら一番やりたいことをやろう、失敗したら田舎でのんびりとお医者さんになって過ごしても良いと考え、免疫学の中心課題に挑戦することにしました。>

 この決断がのちに、がん免疫治療へとつながっていく。抗体記憶を生む酵素AIDを発見し、その分子機構を解明。免疫のブレーキPD-1分子を発見し、PD-1阻害によりがん治療ができることを証明したのである。

「がんは慢性疾患となりコントロールできる時代になる」

 本書の中の川勝平太静岡県知事との対談で、本庶博士が噛み砕いて説明しているので引用しよう。

 <免疫反応を動かすには自動車と同じで、まず最初にエンジンをかける必要があります。これは身体に異物が入ってきたということを免疫細胞が認識することから始まります。しかし、エンジンをスタートしただけでは車は動きません。必ずアクセルによる加速と、暴走しないようにブレーキが必要です。私が1992年にみつけたPD-1という分子は免疫のブレーキ役を果たしております。がん細胞は身体にとって異物でありますから、免疫細胞がきちんと認識して攻撃します。しかし、がん細胞の中には免疫を逃れるようにPD-1を刺激して免疫系にブレーキを入れさせるPD-1リガンドを発現するものがあります。このようながん細胞は免疫の監視を逃れて次第に大きくなります。私はこのようながんの治療のためにPD-1の抗体を使って免疫のブレーキを抑えることを思いつき動物実験を行ったところ、見事にがんの治療ができました。>

 免疫のアクセルを踏むという従来のがん免疫治療の試みはうまくいかなかったが、免疫のブレーキを抑えることで免疫力を高めるという逆転の発想で免疫治療が可能かもしれない。そう考えて、PD-1のヒト型抗体を企業に提案したものの、多額の投資を引き受ける企業はなかった。特許の共願者である小野薬品工業は十数社に共同研究をもちかけたが断られ、開発を断念したいと言ってきた。

 <私は自分自身が米国のベンチャーと開発をすることにし、彼らと話をしたところ、即決即断でやりましょうと言いました。しかし、そのためには小野薬品工業に撤退してもらうことを条件とされました。それを小野薬品工業に伝えたのですが、小野薬品工業が撤退を検討している間に特許が公開されました。幸運なことにそれを見た米国の別のベンチャーであるメダレックス社が小野薬品工業に直接共同開発を申し込み、そこで開発が始まりました。>

 基礎研究を治療につなげていくには、あきらめないという不屈の意志を十年、二十年と維持しなければならないと、改めて痛感した。

 有効率の向上やがん専門医の訓練、副作用への対応などを課題としつつも、将来はPD-1抗体治療ががん治療の第一選択になるだろう、と本庶博士。がん治療の未来は、第1に、PD-1阻害を中心とした免疫治療の有効性が高まる、第2に、全てのがんは免疫力で治療できる、第3に、がん腫が完全に消失しなくても大きくならない状態が続くこともある、第4に、がんは慢性疾患となりコントロールできる時代になる、と予測している。

 そうなってほしいし、そうなるために私たち一人ひとりが地道な研究を応援していかなければ、と感じた。


  
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