TPP の最大の特徴は、貿易圏の広大さと、「互いにすべての関税を10年以内に撤廃し、原則として例外は認めない」という高次元の自由化を目指す点にある。そして、TPP参加をめぐる賛否の対立は、この「例外なき関税撤廃」という原則を受け入れるか否かをめぐる対立に他ならない。TPP参加が通商戦略の大転換であるという認識は賛否両派に共通しており、その是非が問われている。それを判断するには、まずこれまでの貿易自由化の経緯を振り返り、現状を評価する必要がある。
これまでの貿易自由化は十分だったか
戦後、ブレトン・ウッズ体制下で進んできたマルチの貿易自由化交渉は、8次にわたる多角的貿易交渉(ラウンド)を経て、現在は150か国・地域が加盟するWTO協定に結実している。
協定では、自由貿易を歪曲する行為は国内向けの補助金であっても削減対象とするほか、協定違反の行為に対して報復も認めている。WTOは国家間の貿易紛争を仲裁する権限も持つ。加盟国の立法、司法権にも関与しうる強力な貿易規律といえる。その一方で、新たな協定を結ぶには原則としてすべての加盟国の合意が必要なため、多種多様な利害関係を調整する必要があり、交渉は一筋縄では妥結しない。
現在のWTO協定の基になっているウルグアイ・ラウンドは1986年に開始され、94年の妥結までに8年を要した。難航した一因は日本のコメの市場開放で、日本が土壇場でミニマムアクセス(MA、最低輸入量)によるコメの部分開放をのみ、交渉はようやく妥結した。続いて2001年に始まった第9次のドーハ・ラウンドはいまだに妥結の道筋がみえていない。
マルチ交渉の行き詰まりを受け、世界各国は自由化の利益が大きい国同士でFTA・EPAを結ぶバイ交渉へと通商戦略の軸足を移している。参加国が少ないバイ交渉は早期に妥結しやすく、互いの都合にあわせて自由化の例外を設定しやすい長所があるからだ。
長年マルチ交渉を重視してきた日本も、マルチ・バイの両面から自由化を進める方針に転換し、02年のシンガポールを手始めに、これまで13か国・地域との間でFTA・EPAを締結(または交渉完了)している。
だが、日本はここでも、農産品の呪縛から抜け出せていない。品目ベースの貿易自由化率(10年以内に関税撤廃を行う品目が輸入額に占める割合)でみると、日本がこれまで締結したFTA・EPA の貿易自由化率は80%台にとどまり、米国、欧州連合(EU)、韓国が締結したFTA ・EPA より10ポイント近くも低い。これらの国のFTAより、はるかに多くの農産物を自由化の例外にしているからだ。
農産品の自由化拡大を決断した韓国が米国やEUなど主要な貿易相手国と続々とFTA・EPAを結んでいるのに、日米EPAや、日・EU の経済統合協定(EIA)は、まだ交渉すら始まっていない。確たる決意のないまま交渉のテーブルについた豪州とのEPA交渉は、豪州に牛肉や小麦などの関税撤廃要求を突き付けられ、先行きが不透明になっている。このまま主要な貿易相手国との自由化交渉が進まなければ、日本はライバルの韓国より不利な条件での交易を強いられ、製造業を中心に、国際競争力の減退は避けられない。
前原誠司前外相は10年10月の講演で「日本の1.5%の第一次産業を守るため、98.5%が犠牲になっている」旨の発言をして、農業団体などから強い批判を浴びた。農業だけを“国益妨害者”であるかのような発言は確かに軽率だが、日本が農産品の自由化を拒んだことが、交渉を長期化させ、自由化を中途半端に終わらせる〈スモール・パッケージ〉の主な原因となってきたことは、紛れもない事実だろう。日本の通商戦略は大きな岐路に立たされており、TPP参加で国を開くことは、まさに「歴史の必然」(海江田万里経済産業相)といえるのではないか。