米中対立が、貿易関係から5Gをめぐる技術戦争にまで広がりを見せる中、ワシントンでは、2019年3月、「現在の脅威:中国委員会(Committee on the Present Danger: China)」が創設された。委員長はブライアン・ケネディ―、副委員長はフランク・ギャフニー、創設メンバーには、トランプ大統領の補佐官を務めたスティーブン・バノンの他、人権派、軍人、中国専門家等が名を連ねる。この委員会は、東西冷戦時代に、旧ソ連(現在のロシア)に対抗する政策を提唱、啓蒙するために立ち上げられた「現在の脅威委員会(Committee on the Present Danger)」をモデルにして創設された。
4月9日に開催された委員会の会合には、共和党のテッド・クルーズ上院議員とクリス・スチュアート下院議員が出席する等、議会との連携も行なっている。
現在の中国との対立を「新冷戦」と位置付け、軍事的、経済的、人権等価値の問題でも、中国は米国にとって脅威となっているとする。
4月の会合の締めくくりに登壇したスティーブン・バノン元首席戦略官は、2016年のトランプ大統領の登場は、中国に対してどうにかしなければならないという米国民の意思表示である、と述べた。また、トランプ政権や議会が米国内での使用禁止を予定している通信機器会社ファーウェイについては、人民解放軍そのものである、と警鐘をならした。
この委員会の主張は、尖閣諸島問題等直接の問題を抱えている日本には理解できるものではあるが、幾つかの点で、特に中国との経済的関与を止めるという点等は、現実的ではないと考える。
冷戦時代の米ソと異なり、米中間の経済関係は密接である。米国にとって中国は最大の貿易相手国である(日本は第4位)。2017年の米国から中国への輸出は1,308億ドル、中国からの輸入は5,065億ドルであった。すなわち、約3750憶ドルの貿易赤字を米国は中国に対して有していることになる。なお、中国にとっても、米国は最大の貿易相手国である(日本は第2位)。
また、中国は、米国債の最大の海外引き受け国である。2010〜2011年頃のピーク時に比べれば減ってはいるものの、2017年に中国は米国債の海外引受額全体の18.9%を占めた(第2位は日本で16.9%)。
トランプ大統領にとって米中貿易に関する最大の関心事は貿易赤字である。前述のように 2017年の米国の対中貿易赤字は3,757億ドルに上った。貿易赤字イコール米国の雇用喪失と単純に考えるトランプ大統領にとって、この数字は耐え難いものであり、何とか対中貿易赤字を減らそうと取り組んでいる。
最近になって、米中間の経済問題は、貿易赤字の他に、中国に進出する米国企業に対する技術移転の強要、自国企業に対する中国政府の補助金、中国による米国企業の技術窃取などの問題が重要課題とされている。これらは、経済・技術面での米中の覇権争いに関わるもので、米国も一歩も引かない姿勢をとっているが、トランプは基本的には米中経済関係をディールの対象と見ている節がある。トランプにとっては、中国との経済的関与を止めるとの委員会の提言は急進的過ぎて受け入れられないだろう。
もう一つ現実的でない点は、中国共産党の支配を終わらせるという点である。いわば中国におけるレジーム・チェンジを目指すというものである。冷戦末期にソ連が崩壊したことを念頭に置いての話のようだが、米国の政策で中国共産党の独裁体制が崩れることは現実問題として難しいだろう。
ただ、このような問題点はあるにしても、委員会の極めて厳しい対中政策の考え方は、共和党の中では次第に影響力を増していくのではないかと思われる。
米国の有識者の中には、対中政策は極めて重要なので、超党派で包括的に検討すべきであると言っている者もいるようだ。正論ではあるが、実際には、来年の大統領選挙を控え、共和、民主両党とも政策の違いを強調することになると思われる。むしろ、現実的な問題は、この委員会のような急進的な考えが、どこまで共和党の、そしてトランプ政権の政策に影響を与えていくかであろう。
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