「自分のルーツ」を暮らしに取り込む意味
さて、湯飲みの話に戻ろうと思う。
その湯飲みは、他の商品に比べて艶がでていた。この湯飲みはいったいどなたが作ったのでしょうかと伺うと、お爺様が生前に作られた遺作だという。
無名異焼は年月が経つと、艶が出てくるそうだ。使えばなおその艶は輝き出すという。この湯飲みを見て、ぜひお孫さんである、その職人さんに再現して欲しいとお願いした。ただ、全く同じものではなく、中に釉薬がかかっていない、ただただ、無名異の土で作ったシンプルなものにしたいというお願いをした。
そして約束の日、職人さんは湯飲みをいくつか作って私を迎えてくださった。
その中で、私が直感的に目を奪われたのがこの子である。
そのフォルムはとてもセクシーな曲線を描き、品と繊細さを兼ね備えた美しい子だった。この子が私の目を奪った。
繊細さを感じるのは、職人さんの指の跡が生み出す線。太いもの、中間のものなどある中で、この子はもっとも細くて繊細であった。
「なんてセクシーな子なの!」と私が叫ぶと、職人さんも「これはまさにセクシーさを意識してつくったので、それが伝わって嬉しい」と、おっしゃった。
少しずつニュアンスの異なる湯飲みを、表情を意識して作ってくださったというから、一つひとつに魂が込められている。そして、お爺様の残した遺作との対話から生まれたこの湯飲みだが、高台のところはこだわって、お爺様と異なる自分らしさを出したそうだ。先人から学びつつ、自分らしさの軸を表現する。
ここに、お爺様とお孫さんのオマージュ作品が生まれた。
湯飲みは選べるようにとお心遣いいただき、いくつか作ってくださっていたので、佐渡をルーツに持つ親戚への贈り物として購入をさせていただいた。
ルーツを暮らしの中にそっと取り入れると、なんだか自然とご先祖様のことを考え感じる瞬間が、日常に生まれるから不思議だ。
住環境の変化により、仏壇が日常から姿を消しつつある現代、ご先祖様との精神的なつながりを、こういった物を介して自ら生み出すこともできるのだと、思わぬところで感じる機会ともなった。
この湯飲みと、これからの月日を共にすることで、今はマットな質感の湯飲みが、艶を発して輝き始めるところまで育て上げていきたい。表情が変わる面白さと共に、自分がここまで育て上げたという愛着が湧く瞬間が楽しみだ。
味わいとはいったい何だろうか。
長い歴史がその技術を生み出し、職人が作り、それを暮し手が使い込むことで共に作り上げた作品。それが、味わいになっていくのではないだろうか。
帰り際に、「祖父が作ったこの湯飲みも、ぜひ一緒に使ってやってください」と、大切なお爺様の遺作を託してくださった。
粋な心意気に感動。お爺様にも喜んでいただけるように、いい味わいが出るように使い込んで、大切に育んでいきたい。
1988年東京都生まれ。職人と伝統の魅力に惹かれ、19歳の頃から全国を回り始め、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから、大学4年時である2011年3月、株式会社和えるを創業、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2012年3月、幼少期から職人の手仕事に触れられる環境を創出すべく、“0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出す。テレビ東京「ガイアの夜明け」にて特集される。日本の伝統や先人の智慧を、暮らしの中で活かしながら次世代につなぐために様々な事業を展開中。
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