2024年11月24日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2019年7月19日

香港を支配する約30の家族

 今から9年前の2010年、香港の信報財経新聞社から1冊の興味深い本が出版された。『地産覇権』である。著者の潘慧嫻は1970年代末の香港で大手不動産業者の秘書を勤めた後、カナダ経由で香港にUターンし不動産物件の鑑定や売買を経験しているとのこと。いわば『地産覇権』は、香港経済の原動力でもある不動産業界関係者による香港社会分析と言える。   

 香港は本質的には封建時代のヨーロッパ社会と同じであり、実態は不動産本位制野蛮強欲市場経済である――著者の主張だ。

 必ずしも豊かとはいえない圧倒的多数の庶民が、家族経営を柱とする一握りの不動産特権層に従属している。彼ら特権層は財力を背景に政治権力を手中に収め、植民地時代のみならず特別行政区となった現在も香港政府(政庁、特区政府)と密接不可分な関係を持ち続けている一方、大部分の庶民は特権層が経営する企業ネットワークの網の目から逃れることはできない。

 それというのも、特権層の傘下系列企業が庶民生活の隅から隅まで押さえてしまっているからだ。土地を手中に納めることができれば、莫大な富や権力だけでなく、住民までも掌握してしまうという社会構造である。

 そこで著者は、1997年に中国に返還され、英国の殖民地から中華人民共和国特別行政区へと変貌を遂げた香港の実態を、「結局、誰が香港を主宰しているのか。香港人をコントロールしているのは誰か。それは様々なビジネスを独占している巨大企業集団だ。競争のない各種ビジネスの命脈を掌握することを通じて、香港全体の市民が必要とする商品とサービスの価格と市場を有効裡に操作している。不動産、電力、ガス、バス、フェリーのサービス、スーパーマーケットに並ぶ品々とその価格だ」と解き明かす。

 原則的に香港の土地は公有であり、政府が土地の使用権を競売に付す。形式的には誰にでも入札の機会はあるものの、落札するためには莫大な資金が必要だ。それゆえに応札可能な家族(=業者)は李嘉誠、郭兄弟、李兆基、鄭裕彤、包玉剛・呉光正、カドリー(ユダヤ系)の6大家族に加え、その周辺で関連ビジネスを展開する新旧20家族ほど――総計で30前後の資産家族に限定されてしまう。

 あくまでも企業家である彼らの振る舞を形容するなら、「強権貪権不知足(強権強欲、足るを知らず)」となる。彼らは不動産開発が産み出す莫大な資金を、金融・流通・港湾・輸送・航空・製造・衛星・通信・IT・観光・メディア・農業・電気・ガスなど、儲かると踏んだビジネスに惜しげもなく注ぎ込む。富が富を生み、富は権力を引き寄せる。

 たしかに植民地時代も不動産開発業者を軸にした経済壟断の構図は見られたが、それが野放図に巨大化するのは香港返還が具体的政治日程に上り始めた80年代後半以降のこと。

 ことに返還前後の異常なまでの不動産開発・投機ブームをキッカケに、先に挙げた30家族ほどの存在感は肥大化するばかりだ。

 このような香港の社会構造の原因を、著者は香港返還に関する中英協議の欠陥に求める。この主張の是非はともかくも、香港を手中に納めた不動産を原資とする企業集団は、勢い北京の権力中枢との“蜜月関係”の維持に腐心する。

 香港返還が具体化するようになった1980年代半ば、返還後の香港の姿に不安を抱いた香港の企業家たちは集団で北京に赴き、「改革・開放の総設計師」として中国に君臨していた鄧小平に“お伺い”を立てた。当時の最高実力者が「一国両制」「香港の50年不変」を言明したことから、彼ら企業家は中国が「過渡期」と期待した返還までの期間、北京主導の返還作業に全面的に従ったはずだ。

 もちろん転んでもタダでは起きない。北京への協力は中国市場でのビジネス展開という“見返り”となって彼らの懐を潤してきた。


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