2022年7月5日(火)

VALUE MAKER

2020年1月2日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

ジャーナリスト

千葉商科大学教授(4月から)。1987年日本経済新聞社に入社。フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務め、11年に独立。著書に『2022年、働き方はこうなる』(PHPビジネス新書)など。

 問題はどう作るか。そんな折、セイコーを退職して、長野県岡谷市で、純国産の腕時計ブランド「SPQR(スポール)」を企画製造していた清水新六・コスタンテ社長を知る。

 清水社長はセイコー時代、ジェノバやミラノ、香港に駐在。商品企画からものづくり現場、アフターサービスまで、「時計作りに関わるひと通りの仕事を経験させてもらった」と清水さん。自分が欲しい時計を作りたいと一念発起し52歳で退職した。セイコー時代の人脈ネットワークを使って新しい時計が生まれていった。時計製造の日本でのメッカとも言える諏訪地域を中心に、ものづくりだけで30社、販売まで含めれば70社との連携で時計が世に出て行く。いわばバーチャル・カンパニーだ。

 藤原さんは清水社長に会うと、この人ならば自分が考えているものを形にしてくれると直感する。その日のうちに手書きでイラストを描いた時計のコンセプトが藤原さんから清水社長に送られてきた。

 文字盤は藍色の漆(うるし)。長野オリンピックでメダルを作った漆加工職人の手によるものだ。深い宇宙を思わせる、引き込まれるような藍色である。文字盤には機械の動きが見えるシースルーの窓が付いているが、通常とは逆で、向かって右側にある。

 「これまでの時計は大体向かって左、つまり右側にテンプ(振動する部品)が置かれていた。でも時計を人に見立てると心臓は本来、左側にあるべきではないのか」

 そんな藤原さんの発想は時計業界の常識からすると全くの型破りだった。向かって右側にテンプを置くには、針を調整するリュウズを左に持ってこなければならない。左利きならばともかく、右利きの時計はリュウズが右と決まっている。それでも清水社長は藤原さんのリクエストを形にしていった。

 藤原和博プロデュース「japan」プロジェクト。藤原さんが清水社長に会ってからわずか半年で、2モデルが出来上がった。「大手時計メーカーだったら製品化に5年はかかります」(清水社長)というから破格のスピードだ。

第一弾の「japan ゴールドモデル」(右上)のほか、これまでのシリーズで使用されたパーツ

 価格はゴールドモデル25万9200円(税込)とシルバーモデル19万4400円(同)と決して安いものではない。それでもそれぞれ限定25本という希少性もあって、予約段階で完売した。ストーリー性のある本物にはお金を惜しまない消費者が確実にいる。藤原さんはそう確信した。

 もともとは一回限りのプロジェクトのつもりだった藤原さんだが、その後もプロジェクトは続くことになる。製造に当たる清水社長の仲間たちが「ネオ・ジャパネスク」の時計にやりがいを感じたからだ。もちろん、完売後も問い合わせが続くなど、「japan」の人気が高かったこともある。

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