2月16日の会合でやっと答申を出したが、「食品の放射性セシウムの濃度は十分に低く、(新基準値が)放射線防護の効果を高める手段にはなりにくい」と、異例とも言える批判的な意見書を添えた。
丹羽太貫会長(京都大学名誉教授)が「放射線防護と食品基準の考え方があまりにも違う」と苦言を呈したように、新基準値案は、市場に流通する食品の5割が放射性物質で汚染されていると仮定し、全ての年齢区分の限度値の中で最も厳しい値を採用するなど、国際的にみても、相当に「安全」寄りの考え方だ。より厳しい数値が採用されている乳児用食品や牛乳については、意見書にも「一般食品と区別し、50ベクレルを設ける根拠はない」という趣旨の文言がある。
モニタリング検査の結果をみれば、昨年の10~11月時点で、暫定規制値超過の食品は全体の0.5%にとどまっている。福島県内でさえも1.8%だ。流通している食品は相当安全と言ってよい。
新基準値によって被ばく線量が劇的に低減されるというわけでもない。 暫定規制値を継続した場合の被ばく線量の推計値は、中央値濃度の場合でも0.051mSv/年。新基準値では0.043mSv/年と、0.008mSv/年の低減にしかならない(厚労省放射性物質対策部会報告書)。
「安全規制の基本は実行可能な範囲での低減である」(前出の大野氏)。実態にそぐわない基準強化に、コストや手間を投下する意味がどれだけあるのだろうか。
基準強化でも尽きない消費者の不安
そもそも、今回の新基準値は、小宮山厚労大臣の指示によるものだった。いわば「政治主導」である。
厚労省の薬事・食品衛生審議会は、食品中の放射性物質の新しい基準値設定に向けた議論を10月31日より始めたが、同月28日の時点で、小宮山大臣が「来年(2012年)4月を目処に許容できる線量を年間1mSvに引き下げることを基本として進めて行く」と先に結論を示していた。
その後、たった3回の審議で、新基準値案はまとめられた。放射線審議会の答申を待たずに、リスクコミュニケーションも実施している。
基準強化で消費者心理が改善することも期待できない。実際、リスクコミュニケーションの東京会場では、「もっと厳しい値にしてほしい」という声が多く聞かれた。
放射能測定器レンタルスペース「ベクミル」上野店には、「現在の規制値が500で、新基準値が100ということは、今はその間の『汚染された』食品が出回っているということ。4月まで待っていられない」と自ら食品を持ち込み検査するお客さんが跡を絶たないという。
基準値が下がったことで、過去の暫定規制値は「危険」だったと理解する。新基準値を少しでも超えればすぐ「危険」と判断する……消費者の過剰な不安は尽きないだろう。
コープふくしま専務理事の野中俊吉氏も「検査体制が充実したとしても、『ゼロ』を追い求める人たちは、1ベクレルでも検出されれば手に取ることはないだろう」と消費者の気持ちを察して落胆する。
生産現場への影響も大きい。同理事・佐藤理氏は、放射線審議会に招かれた際「新基準値が施行されれば広範な田畑が作付け制限を受けることは必至。福島の農業が壊滅的な打撃を受け復興を閉ざす」と、新基準値に明確に反対している。
生産現場や検査体制を混乱させかねない新基準値。消費者の「安心」も担保できず、さらなる不安を煽るような事態が懸念される。
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