LBM研究所の渡部代表は「企業にとって社内うつの対策は、生き残り戦略に組み入れるべき重要課題です。生産性の低下は、数値化しにくいのですが、業務判断ミス、けが、事故につながります。事務職の場合は集中力が欠如し業務能率は著しく悪化します。現場の作業員ならば、事故に直結しかねません」と指摘する。
メンタル対策を講じているものの、その効果がみえていないという企業も多いのではないだろうか。復職してもまた休職してしまう社員たちの姿に「対策の実行力がどれほどあるのか首を傾げてしまう」とある企業の担当者は語ってくれた。
一般的に一回休職した人の再発率は60%、2回休職では70%、3回になると80~90%といわれている。休職に至ると、なかなか抜け出せなくなる。
休業が多発すると、傷病手当金を支給する健康保険組合の財政を圧迫する。人材派遣健保ではメンタル由来の傷病手当金は支給額全体の51%を占める(10年度)。ある不動産業界の健保でも43%だ(09年度)。
拡大画像表示
うつ病による社会的損失は、国立社会保障・人口問題研究所の09年推計によれば2兆6782億円(表)。この額は10年度の国内総生産(GDP)を1兆7000億円押し上げるという。
不透明な景気情勢の中で、売上高を伸ばし利益を確保するのが難しい状況であるにもかかわらず、2兆7000億円にのぼる金額が毎年失われている。個々の企業にとっても国にとっても見過ごせる状況ではない。
見せかけのメンタル対策
都内のあるIT企業にメンタルヘルス対策を聞いてみた。社員数は約2000人で業界の中堅クラス。うつなど精神疾患をもつ社員は何十年も前からいる。1日中PCに向かい、納期が迫れば深夜残業は当たり前。静まり返った社内では、会話の声は聞こえず、ただキーボードを叩く音だけ。隣の席の社員との会話はメールという職場。
不調になり始めるのは責任をもたされるリーダーたち。帰宅は常に深夜。土日も出勤しなければならず、疲労とストレス、仕事のプレッシャーなどで、不眠が続き、やがて動けなくなる。人事異動はほとんどなく、他の部門との交流もないので、身近な人がうつ病で休職しても、それが全社的な傾向とは気が付かない。人事担当は休職者が増えていることを把握しつつも、危機意識をもつ数ではないという。毎年、200人以上の新卒者を採用し、それを上回る退職者が出て、補充するために中途採用でしのぐ自転車操業。これでは休職者へ意識は向かない。
それでも中間管理職研修の中にメンタル分野を入れたり、産業医によるカウンセリングを実施したり、残業時間の管理を厳しくして過重労働をなくす取り組みなどを始めているという。それはトップの強い指示があったからだと教えてくれた。その狙いは訴訟沙汰になった際に会社として対策を講じてきたことを示すため。過重労働による体調不良で自殺した社員の家族が会社を訴え、1億円の損害賠償を命じる判決があった。他人事ではないと思ったトップが主導し対策に踏み切った。
これは社員をうつから守る取り組みではなく、うつになった社員から会社を守る、ひいては経営者を守るためのメンタル対策というイメージだ。間接部門の社員は増やしたくないのでメンタル専任者などは置かない。できるだけコストをかけずに対策を講じる。それだけでも社員重視の会社と胸を張れる。これでは社内うつが減るわけがない。後ろ向きの対策が多いのが日本企業の現状ではないだろうか。