2024年4月27日(土)

WEDGE REPORT

2019年10月24日

今回の訴訟の争点「ダンピング防止税」とは?

 本件はダンピング防止税(「アンチダンピング税」、「反ダンピング税」などとも言う。以下「AD税」)に関する争いだ。WTO協定は加盟国による一方的な関税の引き上げを認めていないが、不当に安い価格での輸出(ダンピング)に対し、国内産業保護のために輸入国が特別に関税を課すことができる。これがAD税だ。AD税は、WTO協定の一部であるダンピング防止協定(以下「AD協定」)に定められた要件を満たしているかについて輸入国が十分に事実関係を調査した上で、課税できる。

 AD協定上、輸入国がAD税を課して国内産業を保護するには、輸入国の調査当局が以下の2点を証拠に基づき明らかにしなければならない。

①外国からの輸入がダンピングされていないか、されているとすればどの程度の値下げ幅か(ダンピングマージン)

②その安売り輸入によって、輸入国内の競業他社に損害が引き起こされていないか(損害・因果関係)

 本件においては、韓国貿易委員会(KTC)がこの調査を行い、「日本から輸入される空気圧バルブがダンピングされている。その結果競争関係にある韓国製空気圧バルブが売れなくなり、国内産業が損害を受けているので、救済が必要」と勧告した。これに基づき、2015年1月20日に企画財政部が課税を決定し、我が国のSMC製品に11.66%、CKDおよび豊興工業製品に22.77%のAD税を課した。

日本の訴訟戦略と目的は?

 これに対してAD税で輸出減少を被る輸出国は、輸入国のAD税はこれらの条件を満たしていない課税である、とWTOに申し立てることができる。もしこれで輸出国が勝訴すると、AD税はどうなるのだろうか。

 今回日本は②、つまり損害・因果関係のAD協定違反だけを争っている。パネル・上級委員会は、②の認定全体を否定せずに、認定に必要な条件や手順の一部だけを協定違反とする指摘を行うことがある。例えば、輸入品と国産品の競争関係を適切に評価していない、あるいは過剰設備投資や不況による需要減退といったダンピング以外の事情による国内産業への損害の可能性を見逃している、などだ。この場合、判断の履行は、調査当局が指摘した事項についてのみ再度調査を実施し、AD税課税の理由を示した調査報告書を書き直せばいい(「再調査」という)。

 ②の認定は程度問題ではなく、all or nothingなので、パネル・上級委員会の指摘が致命的でなく、単に部分的な違反なら、再調査しても結局は損害が認められ、AD税をかけ続けられる、という結論に落ち着く可能性はそれなりに高い。②については協定上データや証拠に支えられた調査当局の説明の合理性しか問われないので、説明の工夫で切り抜けられることが少なくないからだ。したがって、②についての部分勝訴はだけでは意味がない場合がある。

 他方①、つまりダンピングマージンは程度問題なので、調査当局に生産コストや販売記録等の証拠の取り扱いや計算方法を見直させると、下がる可能性がある。AD税の税額・税率はダンピングマージンに応じて決まるので、再調査でダンピングマージンが下がれば、自国輸出に対するダメージを緩和できる。その意味で、①については部分勝訴でも十分に意味はある。

 それゆえ、②のみで争うということは、調査当局の損害・因果関係認定の根拠が根本から揺らぐ結果をもたらす必要がある。これは何か致命的な論点で一つだけ勝つことでも達成できるだろうし、色々な角度から多数の違反を指摘することで、部分的な再計算や説明変更のパッチワークではとてもつじつま合わせができないようにする場合もある。特に後者の場合、稀なケースではあるが、パネルが再調査ではAD税を維持できないので撤廃するよう勧告することもあり、輸入国は再調査に持ち込めない。AD税には①、②双方が必要なので、②を完全に否定されてしまえば、撤廃せざるを得ない。

 以上を踏まえると、②だけ争った日本が所期の目的を達成するには、②に関するKTCの認定をパネル・上級委員会に全否定させ、韓国のAD税を完全撤廃させる以外にない。この日本の戦略が無謀かと問われれば、本件パネル・上級委員会報告書で見るかぎり、やはりどうもKTCの調査はあまり出来が良くなく、また、日本の主張を下支えする上級委員会の判例も積み重なっており、十分に勝機はあった。そこに日本の戦略のミスはなかった。


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