2024年6月15日(土)

WEDGE REPORT

2019年10月24日

予想外だったパネルの判断

 以上を踏まえて、本件の判断を見ると、日本は②、つまり損害と因果関係にについて請求を7つ提起したが(パネル設置要請書ベースで計算)、ここで予想外のことが起きる。パネルがこれらのうち3つの請求全体と、2つの請求のそれぞれ一部について、パネル設置要請書に十分な記載がないことを理由に検討を拒んだのである。

 あまり雑なこと言うと民事訴訟法に詳しい読者にお叱りを受けるが、パネル設置要請書はWTO紛争における「訴状」だと思えばよい。つまり、「貴国のこの通商措置がWTO協定のこの条文に違反するので、パネルに訴える」ということを、相手方およびWTOに通知する書面である。この書き込みがいい加減なら、裁判の被告に相当する側(被申立国)はどんな理由で訴えられたかわからず、自分の権利を適切に防御できない。だから、この書面にしっかり明記されていない請求については、パネルはそもそも判断してくれない(少し専門的に言えば、パネルの「付託事項外にある」とされる)。要は請求棄却でなく却下、平たく言えば「門前払い」ということになろう。

 加えて、残りの請求についても、日本が勝訴できたのはたった1つだけだった。ダンピングされた日本製空気圧バルブが韓国国内市場における空気圧バルブの価格にどのような影響を与えたかをきちんと分析しなかったので、韓国の因果関係分析に瑕疵を認める、という点だけである。

上級委員会は?

 当然日本はこの判断が不満なので上訴した。パネルの門前払いについても見直しを求め、上級委員会は日本の主張をほぼ全面的に認めた。つまり、パネルは設置要請書の読み方を誤っており、日本の請求を門前払いせずに審理すべきだった、とした。

 ここで普通の裁判であれば、上訴審が韓国の措置の協定違反の有無を判断(自判)するか、下級審で改めて事実認定をしてもらうために差戻すか、ということになる。しかし厄介なことに、WTOでは上級委員会は非常に限られた自判の権限しか持たず、差戻しもできない。上級委員会は法律審と言われ、パネルが行ったWTO協定の法解釈に誤りがあるかどうかしか検討できず、判断の全てを自分でやり直すことはできない。

 本件の場合、パネルは日本の請求の多くを門前払いしたので、それらの点については、KTCの②に関する調査・認定がどのようなものだったかの事実認定を行なっていない。上級委員会は自判しようにも協定を当てはめるための事実が明らかにされていないし、法律審なので改めて自ら事実認定を行うことも許されていない。よって、上級委員会は門前払いされた日本の請求について判断できなかった。その意味では、多少状況は違うが、冒頭でふれた福島県産水産物の事件と同じく、現行手続に差戻し手続がないことから、パネルのミスから生じる不利益を我が国が被ってしまった形になった。

 加えて、上級委員会はたった一点パネルで勝訴した因果関係の瑕疵についてもこれを覆し、日本の主張を退けた。パネルで日本の主張を認められなかった論点についても、上級委員会はパネルの判断を支持し、日本の主張を退けている。

 最終的に、日本は②に関する7つの請求について、たった1つしか勝訴できなかった。日本製品と韓国製品の価格の比較の手順が適切正確でなく、KTCが日本製品のダンピングが韓国製品の価格に与える効果をきちんと検討していない、という点(価格効果)のみ、上級委員会はパネルの門前払いを覆し、限られた権限の中で日本に有利な自判を行なった。


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