2024年11月22日(金)

WEDGE REPORT

2019年10月24日

結局日本は勝ったの?負けたの?

 パネルの誤りに足を掬われる不運はあったにせよ、我が国はパネルが門前払いせずに審理した論点にも取りこぼしがあり、上訴で挽回するどころか、唯一勝てた因果関係分析の瑕疵に関するパネル判断も覆されてしまった。上訴では価格効果の認定に関する請求だけは辛うじて取れたが、この違反認定を「致命傷」として所期の目的どおり韓国のAD税を撤廃させられるのだろうか。

 この点を検討するために、政府の認識をもう少し詳しく確認しておきたい。経産省のプレスリリースによれば、唯一日本が勝訴した価格効果の請求について、上級委員会は次のように韓国の違反の理由を述べた、と説明している。

「(ア)日本製バルブは韓国産より高価・高機能であり、そもそも両者の価格が比較可能かどうか、適切な説明がない。

(イ)韓国産より高価な日本製品の輸入が、元々安い韓国製品の価格にさらに低下圧力をもたらすことの説明が不十分。」

 上級委員会報告書を精査すると、確かに(イ)は指摘されているが、(ア)が見当たらない。もう一点の指摘は、KTCが販売数(大口取引の場合は単価が下がる)を勘案せずに日韓製品の価格比較を行なった点であって、(ア)とは明らかに異なる。政府としては、グレードの違う日韓製品に競争関係はなく、仮にKTCが販売数を勘案して価格比較をやり直しても損害・因果関係認定はできないとだろうと踏んで、こう説明しても差し支えないと思っているのだろう。だから政府は「勝った」と説明するのだと推測する。

 しかし、繰り返すが上級委員会はこのような認定を明確に行なっておらず、グレードの違いから日韓製品が本当に比較できないかどうか、そしてその結果再説明が破綻しているかどうかは、別の話として後日改めて韓国の判断履行を確認するパネルで認定を要する。とりあえず韓国が求められているのは上級委員会の指摘事項(販売数量を勘案して日本製品による韓国国産品の価格への影響を検討すること)をクリアすることであって、その結果が政府の目論見どおり再調査不能に陥るかもしれない一方、うまく「作文」で逃げおおせてしまうかもしれない。繰り返すが、損害・因果関係だけで争ったということは、再調査を許さないところまで完勝する必要がある。それで言えば、そこまでは勝ちきれなかった、というべきだろう。このように見ると、冒頭の世耕前経産相の「勝利宣言」とは、実状はだいぶ異なる印象を受ける。

 他方、冒頭の兪通商交渉本部長の発言にも、言い過ぎのきらいはある。手続的論点を含めた13の請求のうち10で「確実に勝った」と言うが、そのうち損害・因果関係に関する7つの論点の多くは正しくは判断されなかったのであって、韓国の措置の協定適合性が認められたわけではない。ただ、韓国は負けなければ現状を維持できるので、失点を最小限に抑えた今回の結果を「勝った」と認識しているのだろう。それゆえ韓国は日本がことさら勝利を喧伝する姿勢を冷ややかに見るのは、致し方ない部分もある。

 こうした韓国の態度について、「日本の外務省幹部は『とどのつまりはWTOが韓国に是正勧告を出すかどうかなのに…』と閉口する」(産経新聞2019年9月15日朝刊)という。ならば、4月の福島県産水産物の事件も日本の勝訴ではないのか。あの事件でも我が国は、水産物禁輸措置の撤廃にはつながらないが、措置の公表義務違反に関する手続的論点1つで勝訴しており、是正勧告もきちんと出ている。パネル・上級委員会はたった1つ、どんなにマイナーな論点でも、違反が認められれば必ず是正勧告を出す。「外務省幹部」たるものが、事案によってはそうした是正勧告は実質意味がないことを知らないとすれば、日本の通商外交も甚だ心もとない。勝敗とは、結局のところ、訴訟の結果我が国の通商利益が確保できるかどうか、なのだ。

 最近、通商関係について、政府、そして世論やマスコミの一部を含めて韓国への対抗意識が先走り、冷静かつ客観的に法的視点から我が国の置かれた立場を見られない姿勢が目立つことには、強い危機感を覚える。こうした姿勢はルール外交に必要な戦略思考を妨げ、著しく国益を損なう。先のプレスリリリースもそうだが、背後にある政府の理解は妥当だとしても、上級委員会の判断そのものとは分けて説明しないと、結果を「盛った」と言われかねない。特にこの手の話は公開情報ですべて明るみに出る話だ。厳しいようだが、国を思う気持ちがあるなら、「自画自賛」や「贔屓の引き倒し」はいただけない。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。


新着記事

»もっと見る