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2019年10月29日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

「日本嫌い」を公言する国務長官

 いずれも、日米安保体制の根幹を揺るがしかねない重大な発言だが、トランプ大統領の言葉だけに、あきらめムードも日本国内にはあるだろう。しかし、こうした言動は、実のところトランプ氏に限ったことではない。

 1993(平成5)年から2期8年間続いたクリントン政権(民主党)で、女性初の国務長官を務めたマデレン・オルブライト女史。回想録のなかで日本についてこう書いている。「日本に滞在すれば歓迎されるし、(指導者たちと)幅広い知的な会話を交わすことができるだろう。しかし、笑顔でお土産を、そしてポケットにはフォークを忍ばせておいたほうがいい」―。日本人は退屈だから、フォークで体をついて痛い思いをしなければ居眠りしてしまうーということらしい。

 その2代後、息子ブッシュ政権(共和党)でやはり国務長官を務めたコンドリーザ・ライス女史の対日観は、もっとひどかった。

 回想録の中で「小泉首相の退任後、日本は合意政治に逆戻りした。国を前進させるとは思えないような、誰とでも取り替え可能な首相が何人も続いた。日本を訪問するのがどんどん憂鬱になっていった。日本は停滞、老化しているだけでなく、周辺諸国からの憎悪に呪縛されているようにみえた。個人的に日本人と相性がいいとは言えなかった」―。

 両国務長官をご記憶の方が少なくないだろうが、これほどまでの〝嫌日〟とは知らなかった。こうなればもう、個人的な好き嫌いの次元であり、理性でどうこうすることはできまい。こういう人たちと同盟関係の発展を話し合うことなど、どだい無理な話だろう。トランプ氏といい、オルブライト、ライス女史といい、「グローバル・パートナーシップ」などという言葉とは全く異なる、別な感情を日本に抱いているように思える。

 メディアの報道ぶりでも同様なことがみられる。

 今回の「即位礼正殿の儀」について、ニューヨーク・タイムズ紙は、 5月に御代替わりがあったにもかかわらず、今回、あらた儀式が行われたことについて、「もう済んでいたのではなかったのか」という見出しで、5月の剣璽等継承の儀は「序曲」にすぎなかったと皮肉まじりに報じた。万歳三唱や礼砲が憲法違反の疑いがあるという批判的な一部見解も伝えた。

 20年以上も古い話で恐縮だが、1997(平成9)年、日本で橋本龍太郎首相(当時)が、中国人女性通訳と〝不適切〟な関係を持っていたのではないかーという疑惑が指摘されてことがあった。

 ワシントン・ポスト紙は、東京特派員発でこれを報じたが、「首相と同年配の多くの日本人男性は愛人をもっており、妻はそれを簡単に受け入れている」というくだりがあった。日本の中年、初老男の〝多く〟はそれほどふしだらとは思えないし、それほどもてるとも思えない。愛人を持つ財力もないだろう。多くの妻が〝簡単に〟受け入れることもありえない。日本の夫を中傷し、妻の名誉を傷つける意図しか感じられなかったが、わずか20年前まで米の大新聞は日本に対して平気でこういう記事を掲載していた。

真の同盟関係への認識不足

 米国の驚くべき対日観、日本への理解不足については、まだまだ書くべきことが山ほどあるが、一方で、日本における同様な問題も考えてみなければならない。

 もう40年近くも前の1981(昭和56)年、鈴木善幸首相(当時)が「同盟に軍事的側面はない」と発言して日米両国で大騒ぎになった事件があったが、さすがにいまはもう、そんなことをいう政治家はいない。

 だが、本当に大丈夫かと疑念を抱かせたのが、2015(平成27)年の安保法制をめぐる騒ぎだ。

 集団的自衛権の行使を容認し、日米の安保協力を高めようとした安倍政権の方針に対して、一部野党は「戦争法」という驚くべき表現で強く反発。1960(昭和35)年の安保反対闘争以来ともいえる国論を2分する対立に発展した。

 米国は「同盟での協力関係に対する日本社会の亀裂は米議会の期待とは異なるものだった」(外交評議会の知日派、シーラ・スミス研究員)として、日本の安保への認識に失望を示し、安保体制の円滑な運営に懸念を隠さなかった。

 日米同盟に反対する勢力が対立をあおるならともかく、認めている政党が反対するというのだから、米国も苦々しく感じたろう。

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