世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年12月6日

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 10月初めからイラクで始まった反政府デモは、同月中旬にいったん鎮静化の兆しを見せたが、アブドルマハディ首相の就任1年にあたる10月25日に再び激化、政府の暴力的な鎮圧などにより、これまでに300人を超える死者と1万5000人以上の負傷者を出す事態となっている。

(Trifonov_Evgeniy/curtoicurto/Oleksii Liskonih/iStock / Getty Images Plus)

 イラクの抗議デモの当初の主要な標的は、イラク政府の腐敗、電気、水といった公共サービスを提供できない政府の無能さであったが、同時に反イランの要素もあった。デモの発端の一つは国民的英雄であったサアディ将軍の左遷に対する抗議で、左遷の背景にイラン系の国民動員軍がいたということで、イランの干渉に対する憤りが高まった。

 ここにきて抗議はイラン批判の色彩を強めている。一つには、イランを支援するシーア派民兵組織がデモ隊に暴力を振るったのがイラン批判を強めたと指摘されている。またイラン政府やイランのクッズ部隊の司令官がイラク政府に抗議を厳しく弾圧するよう要請し、イラク人が強く反発したこともあった。さらにシーア派の最高指導者の一人アリ・シスタニ師がイランによるイラク介入に反対の意を表明した。穏健派として知られるアリ・シスタニ師がイランを批判したことは、イラク国民の間での反イラン感情が如何に根深いかを示している。

 イラクにおけるイラン批判の高まりは、両国関係に大きな影響を与えうる。これまでイラクとイランは友好的な関係にあった。イラクにとってイランは経済的にイラクを支える重要なパートナーであった。イランにとってイラクは、地中海に至るシーア派の三日月地帯の重要な拠点であるとともに、米国のイラン制裁に参加しない国として貴重な存在であった。3月にはイランのロウハニ大統領が大統領就任後初めてイラクを訪問し、エネルギー、鉄道建設、金融関係などの分野での協力関係を強める姿勢を明らかにした。この背景に照らして考えると、抗議デモを契機としてイラクとイランの関係悪化は急速に進んでいるように見える。

 イラクのイラン批判は、イラクの愛国主義の表われと見ることが出来よう。そして、この愛国主義は、単にイランに反対するものであるのみならず、イランがシーア派を通してイラクへの影響力を強めていることへの反発であり、シーア派対スンニ派という宗派対立の構図への異議申し立てでもあり得る。これまでイラクとイランを結び付けてきた重要な要素の一つはシーア派であった。シーア派が多数を占めるイラク国民がシーア派とスンニ派の対立を批判するとなると、今後、宗派の重要性に影響が出かねない。シーア派とスンニ派の対立がイランとサウジの覇権争いの枢要な要素であることを考えても見逃せない動きである。抗議活動の結果いかんによっては、イラク情勢、イラクとイランとの関係は大きく変わる可能性がある。

 地政学的にはイラクがイランの手に渡らないことが望ましく、イラクの抗議デモが成功しイラクが自由で開かれた国になるとすれば歓迎すべきことである。しかし、そうなる見通しは立っておらず、まして米国がイラク国民の抗議を効果的に支援することは考えられない。外部世界は、イラクの政情不安を見守るしかないように思われる。

  
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