この時、お父さんはユウキくんを強く叱りました。けれども、叱る前にユウキくんの言い分もしっかり聞いてあげたのです。
「お前が悔しいと思った気持ちは分かる。でも、問題用紙をビリビリに破り、授業を抜け出したお前の行動に正当性はないよ」
そして、親子で塾に謝りに行きました。このような状況の時、大抵の親御さんは、子どもの言い分をあまり聞かずに叱りつけるでしょう。または、そんな事態を招いた塾側にクレームをつける親御さんもいるかもしれません。しかし、ユウキくんのお父さんは、まず子どもの言い分を聞き、それから親としてすべき行動をとった。この時、私は「このお父さんはスゴイ!」と改めて思ったのです。
中学受験のお父さんの役割は伴走者に徹すること
近年、子どもの中学受験に熱心なお父さんが増えています。ひと昔前は、中学受験といえば、子どもとお母さんの二人三脚が主流でした。しかし、精神的にも体力的にもまだ発展途上にある小学生の受験サポートは、一人の親だけでは負担が大きいものです。ですから、お父さんが関わることは、とてもよいことだと考えています。
ところが、中学受験でお父さんが深く関わると、「指導者」になってしまうという危険性があります。
一日の学習スケジュールをこと細かにエクセルで作成し、「この予定を全部やるんだぞ。それができなければ、志望校に合格できないぞ!」と、まるでビジネスのように進めていくお父さん。
自分が得意な算数を教えようとするけれど、「なんでこんな面倒くさい解き方をしているのだ? こんな問題、方程式で解いてしまえばいいじゃないか!」と、数学で指導をしてしまうお父さん。
「受験勉強はとにかく努力。たくさん問題を解いて、頭に叩き込むしかない!」と、自分の成功体験を押しつけるお父さん。
また、息子を持つお父さんに多いのが、「私はできた」「私の子ならできるはずだ」と、子どもを自身の「完全なるコピー」と捉えてしまうケースです。
これらのお父さんに共通しているのは、子どもの受験を自身の人生から切り離すことができず、まるで自らの人生を挽回するチャンスとばかりに、子どもの受験に無邪気に夢中になることです。
しかし、同じ性でも、親子でも、親と子どもは別の人格です。また、お父さんができたと思い込んでいることは、年月の経つ中で美化・誇大化されていることも多い。つまり、目の前の子どもには当てはまらないことが多いというわけです。
ユウキくんのお父さんは、そのことを十分に理解していました。
父:「あいつ、やる気ないなぁ~」
私:「小学生の男の子なんてそんなものですよ。11月頃になったら目を覚ましますよ」
父:「ははは、そうだといいんですけどね」
私達は、よくこんな会話をしていました。
ユウキくんのお父さんがよく口にしていたのは、「どこかに合格できれば、すべて成功」。頑張ったことに対して成果はほしいけれど、何が何でも最難関校にこだわる必要はない。経験がすべて成長の糧になる。受験勉強そのものが、ユウキくんの人生において財産になるという考えでした。
そんなお父さんに見守られ、ユウキくんは第一志望の難関校に合格。父と子の良い塩梅の距離感を実感した1年間でした。
(構成=石渡真由美)
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。