和室に小さな木製椅子が4つ
家族みんなで授業に臨む
ユウキくんの家庭教師に就いたのは、塾の6年生コースが始まった5年生の3月のことでした。今でも思い浮かぶのは、広い和室にお風呂椅子のような小さな木製椅子を4つ並べて、お父さん、お母さん、ユウキくん、私の4人で授業をした一年間・・・・・・。
名門指導会では、リビングやダイニングのテーブルを使って、お子さんの隣に講師が座って指導するのが基本スタイルです。プロの指導を見ていただくことで、家庭学習へ活かしてほしいと考えています。多くの場合、そこにいらっしゃるのはお母さんですが、近頃は子どもの受験に熱心なお父さんも増え、お父さんがいらっしゃることもあります。ただ、そういうお父さんは、ときに熱くなり過ぎることがあり、「お前、こんな問題も解けないのか?」「こんな問題、お父さんが小学生の時はスラスラと解けたぞ」など、しばしば子どもを傷つける言葉を投げてしまうものです。
しかし、ユウキくんのお父さんは違いました。算数の問題を解くときは、「よーし、オレと勝負だ!」と、その場を盛り上げます。実は、ユウキくんのお父さんは数学が得意。でも、中学受験では基本的に方程式を使うことはタブーと分かっているので、用いるのはれっきとした算数の手法です。ああでもないこうでもないと、お父さん自らが試行錯誤する姿を見ることで、算数のおもしろさをお父さんが存分に感じていることが、こちらにも伝わってきます。お母さんは、そんな2人をニコニコしながら見守っていました。
夏期講習に2度の脱走
子どもの言い分を聞いてあげた
ユウキくんが通っていた塾は、地元に2教室展開している中学受験専門塾でした。その塾をひと言で表現するならば、“昭和の塾”。塾長がとても熱く個性的で、「自分がこう!」と思ったことを貫く人でした。生徒に対しても親に対しても、お客様扱いは一切せず、自分のやり方を通します。例えば、国語は5年生で麻布中や武蔵中などの名門校の過去問にじっくりと取り組み、受験国語を存分に堪能します。「時間は気にしなくていいから」と、独自の授業を行っていました。
こうしたやり方を支持する家庭が多い一方で、5年生の後期に大手塾に転塾をする家庭もありました。ユウキくんの家は、基本的にはこの塾に信頼を置いていました。しかしながら、6年生になってから担当となった若い先生の指導がもう一歩だったようで、算数の指導だけ私に声がかかりました。
ひとりっ子のユウキくんは、自由気ままな男の子。やや幼いところもあり、勉強のやる気にもムラがあります。そんなユウキくんを見て、お父さんは「まったくしょうがないなぁ~」と言いつつも、余裕を持って構えていました。
ところが、ある日、お父さんの雷が落ちました。実はユウキくん、6年生の夏期講習で2度に渡り塾から脱走したのです。1回目は、授業の後、問題が解けるまで居残りというのが嫌で脱走。2回目は、入試演習を男女別に取り組むことになったのですが、算数の苦手なユウキくんは一人だけ女子の方に振り分けられました。そこまでは我慢できたのですが、問題用紙に女子校の名前が書かれているのを見て、「なんでオレが女子校の問題なんか解かなきゃいけないんだよ!」と頭に来たユウキくんは、問題用紙をビリビリに破って脱走してしまったのです。