2023年12月11日(月)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2020年1月14日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト、大東文化大学教授

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

再選を喜ぶ蔡英文陣営(ZUMA Press/AFLO)

 中国の台湾政策において、大きな挫折だと言っていい。

 1月11日の台湾総統選で、蔡英文総統は817万票を集め、再選を果たした。立法委員選でも、民進党は過半数を上回る61議席を獲得。2018年の統一地方選挙で大敗を喫した民進党は大逆転といえる立ち直りを見せ、中国から軍事、経済、外交で圧力を受け続けたなかでの勝利となった。中国が隠に陽にサポートしていた国民党は、公認候補となった韓國瑜・高雄市長が統一地方選挙で起こした「韓流ブーム」の再現はならず、目指していた4年ぶりの政権復帰の夢は、泡と消えた。

 印象的だったのが中国側のコメントであった。1月11日の深夜、国務院台湾事務弁公室は談話を発表した。そのとき、私は台湾のテレビ討論番組に出演していた。司会者がすぐに内容を読み上げた。

 「我々の台湾に対する大方針は明確で、一貫している。『平和的統一、一国二制度』の基本方針を堅持し、一つの中国原則を堅持し、国家主権と領土完全を堅く守り抜き、いかなる形式での『台湾独立』分裂行為の策謀と道筋に堅く反対し、台湾同胞の利益と福祉を堅く増進する」

 スタジオに失笑が広がった。「何も言っていないに等しい」と誰かが言って、全員がうなずき、そして議論はまた台湾の選挙に戻って行った。本当ならそこから中国の台湾政策に関する議論に広がっていってもおかしくない。無視したというのではなく、「何も言っていないに等しい」ことに何か口を挟むのも変だな、という雰囲気があった。

 その後、12日に中国国営通信の新華社がこのような評論を掲載した。

 「台湾地区は西側の民主選挙を行なった。もし優れた執政で選挙に勝ったなら言うことはないが、蔡英文と民進党の政治に良いところが乏しく、政策は乱れ、社会の分裂を招き、民主は苦しく、民主は後退し、論争を招き、民の不満は止まない。社会の批判の焦点をずらすため、執政のリソースを恣意的に使い、党・政・軍のシステムを全力で活用して票を集めた。

 蔡英文の選挙手法は秘密でもなんでもなく、選挙の過程で台湾内の世論から疑問を呈されていた。第1に資金のばら撒き。数千億台湾ドルの政策で票を買った。第2に手段を選ばず相手を攻める。ネットアーミーを作って偽情報を広げ、ネガティブキャンペーンを展開した。第3に大陸脅威論を広げ、大陸敵視を扇動し、民衆を脅した。これは明らかに正常の選挙ではないことは台湾の有識者とメディアの述べているとおりだ。蔡英文と民進党は嘘と圧政と恐怖などの手法で選挙票を集め、自分勝手で貪欲で邪悪な本性をあらわにした」(野嶋訳)

 内容の是非はともかく、ここから明らかなことは、台湾政策について、中国は自ら作り上げた虚構の世界に入ろうとしていることだ。自分たちは正しい道を歩んでいる。しかし、彼らは間違った道を歩んでいる。いつか、正しい道に戻ってくるはずだ、と。そのため、今回のように台湾において「正しい道」以外の結果が出た時、それを台湾の現実社会とは関係のない虚構のロジックで否定するのである。


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