2024年7月16日(火)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2020年1月14日

「台湾はすでに独立した主権国家」が民進党の立場

 今回の台湾総統選には、過去にない一つの大きな要因があった。米中が本格に対立する国際情勢下で「代理戦争」の様相をはらみながら、投票が行われたことだった。

 香港問題と米中対立によって、台湾の人々は今回の選挙をかなりの程度で「ワシントンを選ぶか、北京を選ぶか」の選択を問われる選挙であると受け止めたようで、「もし蔡英文が勝利すれば、台湾が親米路線を歩むことが明瞭になり、もし韓国瑜が勝利すれば、中国勢力が台湾に入り込む。その台湾の未来の分岐点になる」(財訊雜誌發行人・謝金河)と受け止められた通りである。

 その結果、事実上、米国をバックにつける民進党が、中国をバックにつける国民党を大差で破ったことは、東アジア情勢に与える国際的なインパクトは大きい。台湾は中国にノーと言った、という評論が台湾では数多く見られた。

 ただ、それは中国という存在自体にノーと言ったのではい。中国の求める「一つの中国」と「一国二制度」という前提での中台関係にノーと言っているのである。民進党はしばしば日本のメディアで「独立派」と形容されるが、それはミスリードだろう。「台湾はすでに独立した主権国家であり、国名は中華民国という」というのが現在の民進党の立場である。民進党とて中国との友好的な関係の維持は希望している。ただそれは、中国が求める「一つの中国」や「一国二制度」による統一を目指してのものではない。

 中国が今回の総統選を極めて重視していたことは推察できる。2013年から政権を担っている習近平体制になって、台湾問題は失敗続きであった。2014年に中国と台湾の貿易協定締結に反対する「ひまわり運動」が発生し、その勢いで息を吹き返した民進党が2016年の総統選挙で圧勝し、対中融和路線を掲げた国民党は政権を失った。その総統選の直前には習近平・馬英九の歴史的な中台トップ会談をシンガポールで行うというカードを切ったが、選挙結果にはなんの効果も示さなかった。

 2018年の統一地方選で国民党が圧勝したとき、中国がかねてから親中勢力として育ててきたメディア(例えば、中天テレビ、中国時報などを有する旺旺中時集団など)が大量の報道を展開し、ネット世論に対しても国民党に有利になる情報を広げる「ネットアーミー」も活用されたとされる。恵台政策と呼ばれる台湾の若者に就職・就学を斡旋する制度を打ち出すなど、台湾での工作は着々と進んでいるはずだった。

 だが昨年1月2日に習近平国家主席が行なった台湾政策演説で「一国二制度による台湾統一」の呼びかけに対し、強く反発した蔡英文総統が、台湾世論の喝采を浴びた。続いて起こった香港問題で「一国二制度批判」というカードを存分に使えるようになった民進党は完全に息を吹き返した。いわば中国自身が弱っていた民進党と蔡英文に「塩を送った」結果となったのが今回の選挙だった。

 習近平体制の台湾政策の特色は「台湾と中国を一体化させるなかで、心と心をつなげていく」というものだ。これを中国は「両岸の経済・ 社会の融合的発展」とし、「両岸一家親(中台は一つの家族)」をスローガンにすえている。

 ところが実態は、台湾と中国は切り離されて久しく、台湾社会は世代を重ねるごとに自らを台湾人と考え、中国との精神的連帯感を一切持たない「天然独」世代が主流になりつつある。そのなかで「心と心」を改めてつなぎ合わせ、中国への愛着とアイデンティティを取り戻そうとしたが、今回の選挙でもその限界が露呈した形だ。

 今後の中台関係は「冷和(冷たい平和)」と呼ばれる膠着状態が続くにしても、その裏側では中国側の長期的な戦略が民間交流の形をとって進められていくだろう。中国は、台湾の地方勢力や宗教勢力、農水産関係者など、チャイナマネーの利用によって取り込みが可能なグループにアプローチを重ねており、一定の効果も上げているとみられる。引き続き中国での就職や就学の優遇による若者の取り込みも活発に行ってくだろう。

 しかし、そうした一つひとつの努力も、台湾の人々の総意を確かめる総統選によって一気に解消されてしまうのがこれまでの台湾政策だった。そのジレンマから抜け出すためにも、中国は台湾本土化が進んでしまった現実を直視し、台湾社会が望まない「一国二制度」以外の方法による台湾政策の再考へ向かうべきである。

  
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