野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2020年1月8日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

 1月11日に投票が行われる台湾の総統選挙。現状では、現職の民進党・蔡英文総統が、対立候補の国民党・韓国瑜・高雄市長、親民党の宋楚瑜・同党党首に大差をつける形でリードしている。もともと劣勢と思われた蔡英文氏のV字回復は、昨年6月から揺れ続けた香港情勢を抜きには語れない。その香港から、台湾へ、逃亡や移民などの形で生活拠点を移す人々がいま多数現れている。台湾総統選を控えた台湾に暮らす香港人たちに、台湾選挙や香港情勢、自分たちを異郷に追いやった中国に対する思いを語ってもらう。

香港の「銅鑼灣書店」

 「台湾はいいなあ。生活しやすい。ご飯も美味しい。ありがたいのは自助餐(台湾式ビュッフェ)。香港にはない。多くのおかずが安く食べられるから嬉しい」

 会うなり、台湾を褒め始めた。表情が明るい。香港での記者会見などで見た林栄基は、いつも陰鬱な表情を浮かべていた。

林栄基さん

 2015年に香港で起きた「銅鑼灣書店」関係者失踪事件から4年が過ぎた。拘束先の中国から香港へ戻り、中国の指示に背いて告発の記者会見を開いた元店長の林栄基は、台北に居を定め、書店の再建を目指し準備に奔走していた。

 表情が明るいですねと私が言うと、当たり前だ、という感じで、にっこりと笑った。

 「香港に戻った後も、ずっと気分が苦しかった。台湾に来てから、尾行にも気を付けなくてよくなった。書店がやっと再開できそうだ。ずっと物件を探していて、やっといいところを見つけたんだ。まずそこに行こう」

本棚の配置と本の種類を検討する林さん

 連れていかれた新しい書店の予定場所は、台北市の繁華街にあたる南京西路沿いの雑居ビルの10階にある。エレベーターから出て、一番奥の左側にある100平方メートルぐらいの部屋だ。カギを開けて入ると、部屋には何もなく、床に何本もの線と文字が書き込んであった。本棚の配置と本の種類を、徹底的に考えているのだという。

 林栄基は「これだけは自分でやるしかない。自分がいちばんわかっていることだから」と呟きながら、巻尺を出して、あちこちのサイズを測り、白いチョークでまた文字を書き込み、また考えている。作業が終わって部屋を出るとき、玄関の壁を指差して「ここに看板をかけるんだ。店名はご想像の通りだよ」と言った。

 台湾でも、香港の店名「銅鑼灣書店」をそのまま用いる。

 私が林栄基に会ったのは、1月11日の台湾総統選まであと2週間と迫っていた年末だった。香港情勢の後押しがあって、香港の抗議行動に同情的な与党の民進党が勝利を掴みそうな選挙情勢をどう思うかも尋ねた。

 「香港は台湾統一のための橋頭堡になる。台湾が香港に関心を持たないでいられるはずがない。大陸はまず香港を先に自分たちのものにして、次に台湾を手に入れようとする。香港を支持しなければ自分たちが危険にさらされる。台湾で『亡国感』という言葉が流行ったことも、彼らの生存本能がそうさせているんだ」

 「亡国感」とは、台湾の人々が香港情勢の悪化に対し、「このままでは台湾は香港のようになってしまう。それは亡国と同じだ」と受け止めたことを指している。

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