先週、マカオを中国の習近平・国家主席が訪問した。1999年にポルトガルから返還されたマカオの返還20周年を祝うためだ。揺れる香港を尻目に、マカオの一国二制度は盤石のように見える。香港の金融センター機能をマカオに移行できないのかといった議論が広がり、中国と友好的な関係を保ってきたマカオ方式をデモに荒れる香港でもいつか実現したい、との思惑も見え隠れした。
中国語には「指桑罵槐(しそうばかい)」という日本語にもなっている四字熟語がある。桑を指して槐(エンジュ)を罵ることが原意で、一見関係ないものを批判しているように見えて、本音は別のものを批判している意味になる。表面上の上品さを重視する官僚文化が発達した中国では、こうした間接的話法で政治的な意図を示唆することを好むとされてきた。
だが、指桑罵槐といっても、誰が聞いても、明らかにマカオを褒めながら、香港へのあてつけ、あるいは不満表明が一目瞭然の習近平演説であった。
20日、マカオの返還20年記念式典に参加した習近平は「心の底から、一国二制度を守っている」とマカオを持ち上げた。隣の香港が昨今のありさまで、将来の一国二制度の適用を目指す台湾においても、敵対する民進党どころか、友党のはずも国民党からも一国二制度は失敗と断言される状況にある。そのなかで、マカオの存在は中国にとって可愛くて仕方のない優等生に思えているのだろう。
もともとマカオは中国政府との付き合い方が上手だ。香港を統治した英国と違って外交力や経済力の弱いポルトガルは常に中国政府の機嫌をとりながら植民地マカオを運営してきた。マカオ人もそのスタイルに慣れており、返還後もマカオは対中関係を巧みにマネージメントしてきた。20日の式典でも、新たにマカオ行政長官に就任した賀一誠は、中国が香港問題で固執するポイントの「外国勢力の介入」について「マカオは絶対に受け入れない」とわざわざ言及。マカオに民主派的な勢力も存在するが、極めて脆弱だ。
習近平は演説で、マカオが「基本法23条」や「国歌法」を成立させ、「愛国愛澳」の核心的価値を実行し、愛国主義教育も徹底されているとも称賛した。香港では国家安全法条例の制定を定めた基本法23条は実施されず、国歌法も成立していない。愛国的教育も反対にあって頓挫している。
何よりも香港でデモの嵐が激しく吹き荒れた2019年もマカオの政治はびくともせずに安定し、新行政長官の選出選挙もトラブルなく乗り切った。習近平が「最も安全な都市の一つだ」とさらに持ち上げたくなるのも理解できる。だが、それだけ香港情勢の悪化が習近平に国内でプレッシャーを与えていることは間違いなく、マカオの成功をアピールせざるを得ないと見ることもできる。
マカオ経済にとって近年の出来事で最大のものは、香港・中国の珠海・マカオを結んだ「港珠澳大橋」が開通したことだ。トンネル、海上部分をあわせると全長55キロに達し、世界最大級の海上大橋である。いわゆる「珠江デルタ」に位置する香港、マカオ、珠海を一体化させ、「大湾区(グレーターベイエリア)」と呼ばれる経済圏を育てることを目指す。香港とは船でのみつながっていたマカオに多くの人やモノが流入しやすくなる。
このプロジェクトで中国側が強調しているのが「融入(溶け込む)」という概念である。それは、マカオや香港の経済と中国経済の一体化を目指すもので、香港では反発が広がったがマカオにとっては朗報である。
1999年の中国返還後、マカオ経済は好調さを維持してきた。香港からすれば貧しい田舎町にようにしか思われていなかったマカオだが、現在は60万人の住民の一人あたりGDPは返還直後の8倍となって香港を追いぬき、スイスとルクセンブルクに続く世界第3位に成長している。昨年マカオ政府はマカオ住民に財政剰余金を一人当たり14万円ほど分配するなど財政は豊かだ。
マカオの活況を支えてきたのは言うまでもなくカジノ経済だった。もともとマカオのカジノは免許制で、カジノ王と呼ばれたスタンレー・ホー(何鴻栄)率いる澳門博彩(SJM)だけがカジノを開設する権利を持っていたが、中国への返還以降、免許発行先を増やして米国系のサンズなどのカジノが進出。中国人観光客が殺到してマカオのカジノ収入はラスベガスの10倍に達した。