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2020年2月6日

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中西 享 (なかにし・とおる)

経済ジャーナリスト

1948年岡山県生まれ。72年共同通信社に入社。88年から91年までニューヨーク特派員、経済分野を取材し、編集委員を経て2010年に退社。現在は経済ジャーナリスト。著書は「ジャパンマネーの奔流―ニューヨーク・東京・ロンドンの24時間」(1987年、ダイヤモンド社)、「日本買い 外資は何を狙っているか」(2005年、PHP研究所)など。

大蔵省の不祥事

 「霞が関」不祥事の歴史を遡ると、いわゆる「バブル経済」の崩壊を受けて、1995年に住宅金融専門会社の不良債権問題(いわゆる住専問題)が表面化、この処理で公的資金を投入することになり、大蔵省(現在の財務省)の金融行政への信頼が大きく揺らいだ。これに追い打ちをかけたのが、98年に大蔵省の官僚7人(同省4人、同省出身の証券取引等監視委員会の委員1人、日本銀行1人、大蔵省OBの公団理事)が逮捕、起訴された接待汚職事件、一般には「ノーパンしゃぶしゃぶ」と呼ばれている事件だった。この事件の責任を取り当時の三塚博大蔵大臣と松下康雄日銀総裁が引責辞任に追い込まれ、大蔵省の解体の引き金になった大事件だった。

 中央官庁の中では最高位に君臨した大蔵省は各省庁の予算を査定する権限を持っているため、他省庁とは別格だった。2つの事件が起きる前までは、同省の言うことに従っておけば間違いないという「大蔵神話」が金融・証券業界では根強かった。しかしこの事件で大蔵省は信用を失墜、「役人の中の役人」とプライドを持っていた大蔵官僚も落ち目になった。

 その後も「霞が関」の不祥事は、これでもかというほど続いている。その極めつきが、昨年発覚した財務省の公文書改ざんだった。同省の局長クラスが国会で行った答弁をみていた学生がどう思ったかは分からないが、言えることは官僚の頂点と思われていた財務省官僚も忖度政治にまみれていたことだ。トラブルは財務省だけにとどまらない。文科省も民間の英語試験導入で土壇場見送りを決め、厚労省は毎月勤労統計の統計数字ミス、障害者雇用数の水増し放置など、頻発している。

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