戦略に立ちふさがる「大きな壁」
しかし、ダイヤのネックレスの実現には大きな壁が立ちふさがっている。インドでは冷戦終結後、「アデンからマラッカへ」、「スエズから南シナ海へ」と海軍の行動範囲を広げることが折に触れて検討されてきた。
だが、非同盟主義の伝統と、他国による海外基地の取得に反対してきた過去が、インドの海外拠点取得を阻んでいる。このため、スリランカから同国南部のハンバントータ港の開発を持ちかけられながらこれを無視し、結局中国がこの港を開発することになった。ミャンマーのシットウェー港を除けば、インドによる海外港湾の開発はまだあまり進んでいない。代わりに、艦船によるインドネシアやベトナムなどへの寄港が積極的に行われている。
海軍よりも陸軍思想が根強いインド
インドの指導者層及び官僚には陸軍思想が深く根づいている。海軍の予算は防衛予算の15%に過ぎず、インド陸軍は国内外のテロ活動を主要な脅威として予算の大部分を牛耳っている。
また、08年のムンバイ同時テロではパキスタンのテロリストが海から侵入したため、政府内には海軍の沿岸警備能力の強化を優先し、遠洋能力の取得に懐疑的な声も強い。海外拠点を取得したとしても、ロシアからの空母や原潜の調達は大幅に遅れ、国産艦の建造もうまくいっていないため海軍の能力が追いつかない。
一人歩きする概念 冷静な分析を
ダイヤのネックレスも真珠の首飾りも、実態に乏しい概念である。しかし、言葉だけが一人歩きし、インド洋地政学の冷静な分析を阻んでいる。
インド洋は日本の安全保障にとって死活的な海である。日露戦争で日本海軍がバルチック艦隊に勝利を収めることができたのは、日本の同盟国であったイギリスがインド洋を支配していたため、バルチック艦隊が水・食料・石炭の不足に悩まされたことが一因である。同盟国・友好国がインド洋の秩序を維持できるようにすることが、日本のインド洋戦略の核となる。
日本に求められるインド洋での役割拡大
日印は近年戦略的関係を深めている。先日ワシントンで日米首脳会談が行われたが、同日デリーでは日印戦略・経済対話が行われた。年内には初の2国間海軍演習も予定されている。インドがダイヤのネックレスを推進し、インド洋でより建設的な役割を果たすことは日本の利益である。
たとえば、インドは自衛隊の救難飛行艇に強い関心を持っている。緩和された武器輸出三原則に基づく飛行艇や巡視船の提供は、インドの沿岸警備に貢献するだろう。沿岸部の警備態勢を確立できれば、インドがインド洋全域でより責任ある役割を果たすことが期待できる。
また、インドの港湾と造船は近代化を必要としているが、「手を挙げるのはほとんどが中国人らしい。だが、インドの政府・軍・ビジネス関係者からは中国ではなく日本からの援助を望む」という声が常に聞こえてくる。
港湾と造船の近代化への協力は日印海洋協力の柱となろう。日印で第三国の港湾を共同開発するということも考えられる。それは日本にとってビジネスチャンスであり、依然150億ドル規模に過ぎない日印貿易(日中貿易は3000億ドル規模)の拡大にもつながる。さらに、中国がインド洋で独占的な港湾の開発を進めることを牽制することにもなろう。
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