極細の鋼材を丈夫にする鍵は、焼き入れ焼き戻しの技術だった。祖父が残したメモを頼りに1年半をかけて技術に改良を加え、金平医師も「胆のうを持ち上げてもピクリともしない」と驚くほど丈夫な極細鉗子を完成させた。欧州内視鏡外科学会でも表彰され、欧米の大手医療機器メーカーから部品に使いたいと話が舞い込む。本田社長は「金平先生がやりたいと思う手技を可能にする機器を作ることに徹した」と話す。
最先端医療機器についての研究成果が発表される海外の学会に所属する本田社長。他の学会員とも頻繁に連絡を取り合い、機器の開発について日ごろから議論を重ねている。自らが世界の医療機器関係者の前で自社製品の発表を行っていたときに、偶然参加していた金平医師と知り合うことができた。学会と無縁の中小メーカーが、本田社長のように最前線の声を直接聞くことは簡単ではない。とはいえ、明るい兆しもある。医療現場と中小メーカーの間の情報ギャップを埋めようとする動きも出てきた。
中小だけでもニーズは取れる
数年前より、開発段階から医師の意見を反映できるよう、全国各地で医学部とメーカーの連携(医工連携)が進んでいる。
「スズキやヤマハの海外生産移転で、最盛期の8割に落ち込んでいる。その分を医療機器で補わなければ」
浜松商工会議所が主催する医工連携研究会の山内致雄代表幹事は危機感を強める。同研究会は05年に設立され、浜松医科大学の臨床医師との情報交換会や会員企業による大学病院の見学会などを開催している。
この研究会から生まれたのが、3月に承認されたばかりの「内視鏡手術用ナビゲーション」。鼻腔内の手術器具の位置を3次元でモニターに示す。医師から「内視鏡ではどの場所を手術しているのかわかりにくい」という声を聞き、研究会メンバーの中小メーカー4社が、得意とする技術を活かせるのではと考えた。
経営者はヤマハ発動機や浜松ホトニクスの元エンジニア。自社の技術には絶対の自信があった。取引先の自動車生産向けに開発した3次元計測やデータ処理技術を応用。浜松医科大学は医学的見地から設計や製作について助言し、臨床試験にも協力した。承認申請や実際の製造販売は耳鼻咽喉科向け大手専門メーカーの永島医科器械(東京都文京区)に任せた。研究開発の中心となった浜松医科大学メディカルフォトニクス研究センターの山本清二教授は「医療現場が要求するものをいち早く製品化してこそ意味がある」と語る。
今では世界シェア7割のオリンパスの内視鏡事業も「切らずにお腹の中をみたい」という医師の夢から始まった。日本の医療機器産業が欧米と伍していくには、まずは市場(医療現場)の声に耳を傾けることから始めなければならない。
(*写真:すべて編集部撮影)
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