アメリカのホームドラマの世界は憧れ
アメリカのホームドラマの世界は、当時の子どもたちにとって憧れだった。いや、子どもだけでなく大人たちにも同様だったかも知れない。
大きな冷蔵庫から娘や息子が大きな牛乳瓶を勝手に取り出しガブ飲みする。子どもによる食料一人占めなのに、誰にも怒られない!
分厚いサンドイッチ、骨付きの肉、山盛りのアイスクリーム。それが毎日。
何という豊かさ!コロッケ、餃子、鯨のベーコンが「ご馳走」の我が家との、何という格差!
当時の私は、戦争に負けた日本は戦争に勝ったアメリカを見習うべきなのだ、と漠然と思っていた。でも何十年たったら追いつけるのか、と絶望的な気もした。
『パパは~』のアンダーソン家のベティやバドのように、子どもがめいめい自分の部屋を持つ「夢の時代」などいつ到来するのか?
それにしてもアメリカ人というのはよくわからない人たちだ、と思った。
脳天逆落とし(バックドロップ)の必殺技を持つプロレスの世界チャンピオン、ルー・テーズは容貌も試合態度も文句なしの紳士。アンダーソン家の「パパ」に匹敵し、時には「我らが力道山」よりも魅力的な人物だ。
だが、同じアメリカ人でも、覆面に凶器を隠し持つミスター・アトミックや反則ばかりのジェス・オルテガなど、悪役レスラーもゾロゾロいる。そちらの方がむしろ多い。
本当のアメリカ人、日本人が追いかけようとしているアメリカのアメリカ人は、ルール無視の凶暴な人々なのか、それともルー・テーズや「パパ」のような成熟した分別ある大人なのか?
三角山の頂上からいくら覗き込んでも、キリスト教会の裏庭にたむろする実際のアメリカ人の顔・形は、遠すぎて判別できない。
立ち上がってクルリ振り返ると、陸側にはアメリカとは違う現実の日本の社会が広がっていた。
私の家もその中に含まれる、小さな狭い2Kの公務員社宅がビッシリと並んでいる。
隣接する土地で猛烈な土埃を立てているのは、新設の高校(横浜商工高校)のグラウンドだった。私たちベビー・ブーム世代への対策なのか、小中学校以外にも新しい高校が次々に建てられていた。
高校の前の空き地に、いつものように馬が引く移動販売車の〈ロバのパン屋〉がやってきた。紙芝居屋と同じように古いタイプの商売だった。けれど、スピーカーを通して流れてくる『めんこい仔馬』の曲は、膨張する町の光景とともになぜか強く耳に残る。
私は立ったまま、当時はやっていた『めんこい仔馬』の替え歌を小さな声で歌った。
「ゆうべ父ちゃんと寝たときに へーんなところに~」
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