足立倫行のプレミアムエッセイ

2019年12月28日

»著者プロフィール
(AdrianHillman/gettyimages)

 新聞に気になる記事が載っていた。

 イチョウは約2億4500万年前の三畳紀に現れた古い植物。実のギンナンは強い異臭がするが、殻の中の胚乳はおいしい。

 そのイチョウが三畳紀の後のジュラ紀や白亜紀に世界中に広まったのは、カナダで恐竜の糞の化石の中にギンナンがあったことから、恐竜がギンナンを食べて殻を排泄し各地に拡散した可能性がある、というのだ(2019年11月9日付、朝日新聞)。

 記事によれば、恐竜の絶滅後はイチョウも絶滅に瀕し、現在のものは、中国にわずかに自生していた木を人間が増やしたおかげ、とのこと(日本へは1000年くらい前に中国から渡ってきた)。

 そう思って眺めると、校庭のイチョウだけでなく恐竜時代の名残は割と身近にある。

 「生きた化石」メタセコイアは、近くの団地の一角に立派な林となって育っているし、我が家の戸棚の容器には数個の小さなアンモナイトの化石も入っている。

 何よりも、イチョウやメタセコイアの葉が散った頃、庭の餌台にやってくるキジバト、シジュウカラ、ヒヨドリ、オナガなどの野鳥すべてが恐竜の子孫である。彼ら鳥類こそ、我々人類と共存している恐竜の末裔なのだ。

 そのことを今更のように意識したのは、昨秋私が、上野の国立科学博物館で開催された《恐竜博2019》を見に行ったからだ。

 今回の展示の目玉は、2種類の恐竜の世界初公開の全身復元骨格だった。

 一つは、ゴビ砂漠で長さ2・4メートルの巨大な前肢が見つかっていたものの、他の部分が不明だった「謎の恐竜」デイノケイルス。もう一つは、北海道むかわ町でほぼ全身の化石が発見され「カムイサウルス」と命名された大型草食恐竜むかわ竜。

 しかし今回私は、恐竜研究50年の変遷を重要標本で振り返ったという「恐竜ルネサンス」コーナーと、「恐竜絶滅」に関しての最新研究コーナーに興味をそそられた。

 恐竜博の『図録』の解説文(真鍋真、同博標本資料センター・コレクションディレクターなど)を参照すると、恐竜の概念が一変したのは、50年前にアメリカで小型肉食恐竜の鉤爪と手首の骨が発掘されたことだった。

 デイノニクス(恐ろしい爪)と名付けられた恐竜は、鉤爪を武器にした跳び蹴りの繰り返しで、自分より大きな恐竜を倒すことができた。しかも獲物の周辺で3体見つかった。

 ということは、集団で狩りをし、変温動物にはない持久力を持っていたことになる。

 そこから、恐竜=恒温動物説が生まれた。また、手首の形や恥骨の形状が鳥類に似ていることから「鳥類の恐竜起源説」が提唱され始めた。恐竜は巨大なワニやトカゲのような鈍重な変温動物ではなく、鳥類に進化することで(一部が)絶滅を免れた活発な恒温動物なのだ。

 その大変換を「恐竜ルネサンス」と呼ぶ。

 以来、鳥類説を裏付ける傍証は各地で見つかった。

 羽毛については中国の白亜紀前期の地層から、鳥類並みの大きな翼を持った「羽毛恐竜」ミクロラプトルが出土。化石の色素から、光沢のある黒い羽毛があったことも判明した。

 モンゴルのオヴィラプトル(卵泥棒)の名前は誤解で、実は自分の卵を自らの体温で温めていたこともわかった。鳥類と同じ生態であり、羽毛は抱卵の際の体温維持のためだった。

 子育てをする恐竜マイアサウラは上下の地層で営巣地が定まっていたことから「渡り」をしていたと推察され、大型肉食恐竜ティラノサウルスの雌は、大腿骨肉壁に産卵期に卵殻を形成するカルシウムが、現代の鳥類と同じように蓄積されたいた。

 〈恐竜は形だけでなく。その生態も鳥類を先取りしていた〉(『図録』)のである。

 ただし、「恐竜絶滅」のコーナーを見ると、白亜紀末期の約6600万年前に直径10キロメートルの隕石がユカタン半島沿岸に落下した時、地球上の全動物・直物の75%以上が死滅した。大津波や火災の他に大気圏に巻き上げられた塵芥で太陽光線が長期間遮られ、地上で28度、海で11度も温度が低下した由。

 地球史上第5回目のこの大量絶滅により、「羽毛恐竜」を含む大半の恐竜が姿を消した。

関連記事

新着記事

»もっと見る