足立倫行のプレミアムエッセイ

2019年9月29日

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 秋風が吹き、肌寒い日が増えた。このところ、トイレに座り込んで、「ああ、温水洗浄便座があってよかった」と思う日が多い。

 どんなに腹の調子が悪くても、壁リモコンの「おしり」ボタンを押せば、ノズルの温水がピュッと出て、肛門はすこぶる快適。

(pedphoto36pm/gettyimages)

怖かったポットン便所

 ポットン便所の昔ならこうはいかない。

 臭い個室で尻を突き出したとたん、寒い風が下から吹き上げてくる。我が家では落とし紙以前に切った新聞紙を使っていた。子どもの手で揉んでもなかなか柔らかくならない。

 冷えた風にゴワゴワの紙が痛かった。寒い季節には用を足すこと自体が苦痛だった。

 現在、日本全土の家庭、オフィス、商業・公共施設にほぼ行き渡っている温水洗浄便座だが、ノズル使用の電気制御式便器は、最初アメリカで医療用に開発されたのだ。

 それが1960年代後半に、日本の衛生陶器メーカーによって導入、製造販売された。

 製品の性能や価格に紆余曲折があった時期を経て、品質が安定したのは1980年代。一般家庭に広く普及したのは次の90年代だった。我が家もその時代に購入した。

 それから20数年、今では清潔志向が強い(強すぎる?)この社会に倣(なら)い、ウチでも「温水洗浄便座なしの生活は考えられない」。

 考えてみれば戦後しばらくまで、家庭の便所は江戸時代のものと大差なかった。

 小学校入学前の一時期、境港(鳥取県)の生家の便所を改装することになり、庭にあった古い便所を2、3日使うことになった。

 直前まで、庭の小さな貸家2軒の共同便所だったものだ。私の背丈ほど大きな直径の黒い陶器の桶が地中に埋めてあり、細長い2本の板が掛け渡してあるのみ。下方に人糞。

 そこに入ってかがむのがまさに恐怖だった。以前、小屋から逃げたニワトリ一羽が桶の中に落ちたことがあり、救出に大人が出て大騒ぎとなった。用便中いつもその光景を思い出し、頭が震え、腰も尻も震えた。

犬はなぜ尻を拭かなくて大丈夫なのか?

 ところで、人間は用を足す時になぜ肛門周辺が汚れるのだろう? 犬猫を見ると、臀部(でんぶ)の毛が長い種類を除き、便で周囲が汚れている個体を見たことがない。犬猫には温水洗浄便座が必要なさそうだ。いったいなぜか?

 日本の犬が「番犬」から「室内犬」に変化する犬の時代史を追った『平成犬バカ編集部』(片野ゆか、集英社)という本に、興味深い記述があった。

 日本犬専門雑誌の編集者が、犬の肛門に魅せられ肛門特集を企画した際の解説記事だ。

 犬が「ケツ拭かなくてOK」である理由は、「自然脱肛」という身体機能のせいだという

 「犬は排便のたびに肛門の内側の直腸粘膜を外部に露出し、終了するとすみやかに収納する。そのため肛門のまわりを汚すことなく、排便が可能になる」

 この機能は人間以外の全ほ乳類にある由。

 ということは、神さまが人間にすべての動物の中で最大規模の脳をプレゼントする代わり、(何かの戒めとして?)とびきりだらしない下半身を押しつけたのだろうか?

 日本人に親しいポットン便所は、人糞を畑の肥料に有効利用するための工夫だが、その前、人間が農耕(や牧畜)を始める前の排泄物事情はどうであったかを考えてみたい。

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