2024年4月26日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年3月6日

 2月10日、トランプ大統領は、2021会計年度の予算教書を発表、その中で、新たな潜水艦発射型核弾頭、宇宙兵器、中距離ミサイル(INF条約では禁止)、極超音速兵器などの開発を目指し、関連予算を大幅に増額するとしている。オバマ政権が核兵器の役割の縮小を志向していたのと対照的に、トランプ政権は核兵器重視の姿勢が明らかであるように見える。

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 とりわけ、米国によるロシアとの間のINF条約の破棄は、キューバ危機を契機に核兵器の管理を重視してきた米ソ・米ロが、ここにきて核軍拡に舵を切ったことを象徴しているように思われる。米国は、INF条約が禁止する中距離ミサイルの開発配備をしてきたとしてロシアを非難し、2019年2月ポンぺオ国務長官が条約の破棄をロシアに通告したことを明らかにした。これで1987年にレーガンとゴルバチョフが合意して以来の中距離核戦力の配備の規制が撤廃され、米ロが大っぴらに中距離ミサイルを配備できることとなった。

 米国防総省は2018年1月「核戦略体制の見直し」(NPR)を発表し、ロシアや中国などの核の脅威が増大し、安全環境が変わったとして、米国の核兵器を「近代化、多様化」する方針を示した。つまりロシアや中国が核戦力を強化しているので、米国も強化せざるを得ないという理屈である。

 実際、ロシアはプーチンの下核戦略の強化に努めており、最近では2019年4月に「ポセイドン」と称する核弾頭または高性能爆薬弾頭を搭載した水中ドローンを発射する「特殊目的」原子力潜水艦「ベルゴロド」(全長184メートルで世界最長の潜水艦という)を進水させ、また2019年12月にはショイグ国防相が極超音速ミサイルシステム「アバンガルド」を配備すると述べている。

 核開発競争は悪循環によりエスカレートする恐れがある。米国は2019年の「ミサイル防衛体制見直し」(MDR)で、ロシアの新型兵器に対抗するため極超音速巡航ミサイルなどを開発すると共に、宇宙センサーにより宇宙で迎撃をおこなうと述べたのに対し、ロシアは宇宙での軍拡競争を招くと批判、中国は、米国が強力兵器を絶えず強化していると述べた。米国の動きは基本的には受け身だが、それが中ロの対抗措置を呼ぶことになる。

 米国の核戦力強化の理由として、上述の中ロの核戦力増強に対抗するためのほかに、中ロに圧力を加えて新しい軍備管理協定に合意させるためという見方もある。それが一番当てはまるのが新START条約の更新問題である。ただロシアについてはプーチンが昨年12月5日、「いかなる前提条件もなく、即座に延長する用意がある」と述べており、米国が圧力をかける必要はない。

 問題は中国で、トランプは条約に中国が含まれていないのは不合理であり、更新に際しては中国も参加すべきであると主張しているが、中国は参加の意図は全くないようである。なにより中国の戦略核弾頭と運搬手段の数は米ロに比べて少ない。中国政府は中国の核戦略の規模につき一切発表していないが、米国政府機関の推定では核弾頭数は約280個と報じられている。中国が戦略核弾頭と運搬手段につき何らかの規制を受け入れることは望ましいが、現状では中国が交渉に参加する条件は整っていないと言わざるを得ない。それでも2019年12月10日ポンペオ国務長官は「世界の戦略的安定に影響を及ぼすべき当事者を対象とすべき」であると言っており、この発言が中国を念頭にしていることは間違いない。もしトランプ政権が中国の参加にこだわり、万が一新START条約が更新されないことになれば、核開発競争の大きな歯止めがなくなることになる。

 ただ、ロシアは米国との全面的な核開発競争は望んでいないのではないかと思われる。ショイグ国防相は「20年の米国の国防予算はロシアの16倍にあたる」と述べ、まともな競争はできないと暗に示唆している。

  
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