2024年3月4日(月)

この熱き人々

2020年3月26日

 「これはミクロンの小さな金粉をグラデーションで蒔いて、その上に色を載せ炭で研ぐという特殊な技術を使っています。60倍のレンズにも耐えられる精度で描ける技量を持った職人の仕事です」

 繊細な細工を覗き込んでいた目に、いきなり大きなカッパが飛び込んできた。

 「頭は螺鈿、目は蒔絵、甲羅は金を使っています。立派な胡瓜を自慢したいカッパの喜びとそれを欲しがる子カッパ。失敗を繰り返してやっと出来上がった姿なんです」

 ユーモアと、カッパという目に見えない存在を生み出した日本人の感性が具現化されているというわけだ。

 さらに彦十蒔絵には、源氏物語や泉鏡花の物語の世界を漆芸で表現した作品も多い。

花尽くし・花鳥蒔絵  宝珠型九段組み盃 (Φ68mm×H73mm) 

 「私のテーマは人の心。人と向かい合い、人を表現したい。七尾市で発見された日本最古の漆芸品は7200年前の櫛(くし)ですが、髪を梳(す)いたのかシャーマンが祈りの時に髪に飾ったのか、両方の可能性があります。実用の中に心の豊かさや願いを込める。重箱にも中に入れる物にも込めた意味があった。それがなくなると単なる箱と食べ物になってしまう。失っていく心を伝えなければと思っています」

漆の地に生まれて

 そんな若宮の思いを聞きながら、カブトムシの形の蓋物(ふたもの)が目に浮かんできた。飴色に光る漆塗りカブトムシの上部を開けると、思わず息をのむ美しい自然が現れる。螺鈿で表現された水辺の風景に草が茂る。そして頭部にはメスのカブトムシが入っている。

かぶと虫型 蓋物118mm×68mm×43mm) 
写真=渞 忠之 

 「何を創りたいのかを追求していくと心になる。自分のアイデンティティと言ったらいいのかな。そこには生まれ育った風土の空気感が詰まっていて、それを漆芸で表現したい。水は田んぼの水で命の源泉。コメを作ることに生きがいを感じていた人々の祈りと、カブトムシの生きている自然環境の美しさ。頭部のメスは種の保存のために何億年も生きているという摂理。長い歴史の中で生きる意味を考えてもらいたいという思いを世界共通のカブトムシに託したんです」

 輪島塗といえば、椀や重箱やテーブルなど実用品を自動的に連想してしまう人からは「えっ? これが輪島塗?」と思われ、内部の人には「こんなの輪島じゃない」と拒絶される。


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