本物の漆芸を未来に繋ぐ
それぞれが最高峰の技術をもちながら工程が分業化されていることは、工芸作品としての創造性を自由に発揮するには障壁となる。創造性と技術を融合させることで、若宮はすでに完成された輪島塗の伝統を守るという心の縛りを突き破った。
「未来をどう描いていくのかと考えた時、実用の用途と象徴の用途と両輪あるのではないかと思います。実用の用途では、若い職人たちが生活の中のシーンを彩る食器を提案するなど頑張っています。私は、人の心に影響を与える漆芸品を作りたい。それは美術とかアートの範疇に入るのかもしれませんね」
ふと気がつくと、緑色の精緻な細工の施された棗(なつめ)が、いつの間にか青に変わっていた。部屋に差し込む陽射しが変わったせいだろうか。しかし、このきらびやかな色は螺鈿?
「あ、それは人工オパールを使っています。螺鈿と考えるのが普通で、科学的なものを使うとけしからんと怒られそうですが、これは今の時代だからできることですよね。昔はなかったと言われても、昔は作りたくても素材がなかったわけだから。輪島にも漆の歴史にもない新しいものは、いろいろなものがぶつかり合い、いろいろな技が融合した時に生まれるのだと思います。そして新しいものが感動を生み、時代を超えて生きていくものがある。これまでの幅に留まると古いものになってしまう。同じテーマのものは作らない。自分の作風を作らない。可能性を広げることにしか興味がないという姿勢を貫きたい」
21世紀に本物の漆芸を残せるのか。志のある若い世代がいて、学ぶ研修所はあっても、職人たちが技量を発揮して生きていける場がなければ人材は育たないし、漆がなくなれば作りたくても作れなくなる。中国産の漆に99パーセント以上も頼る心もとない現実があり、中国では漆にも漆文化にも多額の予算を投入し漆芸家が急増していることを考えると、中国産の漆も手に入らなくなることを想定しなければならない。若宮は「輪島漆再生プロジェクト」にも取り組んで、耕作放棄地などに漆の木を植え続けている。
漆も技術を継承する人も消えそうな危機感の中、漆の命を育て、人の思いを物語に紡ぎ、それをチーム彦十のスペシャリストが作品に込め、その作品は世界に渡っていく。それが輪島の未来を繋ぐものと信じて、若宮は作品のイメージを練り、パトロンを探し、銀行に頭を下げ、漆の力を語り続ける。「自分でもよくやっているなって思います」と小さなため息とともに呟(つぶや)いた若宮の言葉が、なぜか消えずに耳に残っている。
石塚定人=写真
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