世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2020年3月6日

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桒原 響子 (くわはら・きょうこ)

未来工学研究所客員研究員・京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教

1993年生まれ。2012年米国ウエストバージニア大学において、国際政治学や通訳翻訳等を学び、2017年大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。笹川平和財団安全保障事業グループ研究員、外務省大臣官房戦略的対外発信拠点室外務事務官を経て、現職。専門は、国際公共政策、パブリック・ディプロマシー、ストラテジック・コミュニケーション、メディア研究、世論等。

メディアを舞台に批判合戦を展開する米中

 一方、米中間では、新型コロナウイルス感染拡大をめぐり、さらに深刻な事態が噴出し、米中のメディア批判合戦へと発展した。2月19日、中国は、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの北京駐在の記者3人の記者証を無効にしたと発表した。同紙が2月3日に「China Is the Real Sick Man of Asia(中国はアジアの本当の病人)」との見出しのオピニオン・コラムを掲載したことに対する対抗措置である。

 中国外交部の耿爽副報道局長は、コラムが「人種差別的」なニュアンスを含んだ内容であり、「中国政府と人民の疫病と戦う努力を中傷した」と断じた。なお、同コラムは外部有識者によって書かれたものであり、対象となった記者3名によるものではない。ウォール・ストリート・ジャーナルなどの米有力紙は、ニュース欄とオピニオン欄を厳密に区別しており、追放された記者は、コラムの執筆や掲載とは無関係であることは自明である。

 一方の米国は、前日の18日に、中国国営新華社通信やチャイナ・デイリーなどの中国メディア5社を「中国の外交機関」と認定すると明らかにし、さらに24日には米政府が中国の記者多数を米国から追放するかどうか検討していると報じられた。米中貿易戦争から始まった対立が、メディアという分野にも拡大した構図ともいえよう。

 2月26日付のニューヨーク・タイムズは、中国共産党の政権維持のために使われてきた中国の「プロパガンダ・マシーン」は、「最大の課題に直面している」として、中国が、新型コロナウイルスをめぐる中国共産党の対応や発信するメッセージに批判的な世論に対し、従来の「古い」手段を用い世論づくりを行っており、むしろそれが「プロパガンダ・マシーン」の機能を弱めていると、中国の対外発信の在り方を批判した。

問われる日本の対外発信の重要性とその能力

 中国で発生した新型コロナウイルス流行に対する中国政府の対応に世界から批判的な見方が広がっていたが、それが広報面でも日本に飛び火し、日本に対する批判的な報道が広がった。国際社会から「第二の震源地」を作ったと、ダイヤモンド・プリンセスへの日本の対応に疑念が持たれ、日本に対するネガティヴな見方が拡大してしまった。そこで発揮されるべきであった日本のパブリック・ディプロマシーのあり方について疑問符が突きつけられた。

 パブリック・ディプロマシー戦略は、この数年間、安倍政権下で地道かつ計画的に実施されているが、今回のケースは、この戦略がいかに迅速性や柔軟性を要するものであるべきだったかを物語っている。コミュニケーション手段が多様化し、誰しもが情報に即時にアクセスすることが可能になった時代だからこそ、世論にあらゆる疑念や憶測も広がりやすい。また、中国や韓国など、諸外国が仕掛ける宣伝は、世界での日本の立場を揺るがすような影響を持ち始めている。

 今般の新型コロナウイルス流行などの事態に正しく対応するためには、政府が国際世論をターゲットに、あらゆる情報発信やイメージ戦略を即座に、そして柔軟に展開していかなければならない。特に、ダイヤモンド・プリンセスは、米国がオペレーターで、かつ多くの米国人が乗船していた英国船籍であったことに鑑みれば、初期段階で米国、英国、更にはWHOなどの関係者も巻き込み委員会を設置し、情報発信にも努めるといった試みもあり得たのではないか。

 いまこそ、日本のパブリック・ディプロマシーの重要性とその能力が問われるときであろう。拙著『なぜ日本の「正しさ」は世界に伝わらないのか:日中韓熾烈なイメージ戦』では、中韓を中心に、世界でどのようなイメージ戦が繰り広げられており、日本は自らのパブリック・ディプロマシーをもってどのように対抗していくべきか、日本の指針について詳述している。この機会に、ぜひご一読いただければ幸いである。

  
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