新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない中、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、09年に新型インフルエンザが流行した時に日本企業のリスク対策を支援した実績のある、共同通信デジタル執行役員の小島俊郎リスク対策総合研究所長に世界中に感染が拡大してパンデミックになる恐れにある新型コロナのリスク対策について聞いた。
政府対応の再整備が必要
Q 今回の新型コロナウイルス(COVID-19)についての政府対応を、リスク対策専門家としてどうみているか。
小島氏 過去の経験が全く生かされていない。03年のSARS、12年の中東呼吸器症候群(MERS)など、これまでに深刻な感染症が大流行したことがある。そうした事態に備えての政府マニュアルはあるだろうし、引継ぎもされているはずだが、目の前で起きると生かすことができない。特に問題だったのは、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」が横浜港に寄港した時に緊急対応したのが神奈川県の職員だったことだ。このタイミングで政府が前面に出て対応していたら、少し違った状況になっていたのではないか。多国籍の人が3000人以上も乗船している船の中で、感染症の拡大を食い止めるのを偶発的に寄港先となった神奈川県の職員が対応を余儀なくされることになった事態
Q その後の政府の対策も後手になるケースが目立っているが。
小島氏 今回の新型ウイルスは感染力はあるが、致死率については、これまでのSARSやMARSと比べて低いことから、関係方面の緊張感が十分ではないようだ。感染症の教科書に出てくる有名な事例が、いまから100年前の1918年に世界中で4000万人もの死者が出たスペイン風邪への対応だ。米国の都市での対応の違いにより犠牲者にも大きな差が出たことになった。早期に移動制限などを行った「セントルイス」は感染者の増加ペースをなだらかにすることができ犠牲者も少なかったが、リスクを甘くみて対策が遅れた「フィラデルフィア」では死者が爆発的に増えて大騒ぎになった教訓がある。
今回の新型ウイルスでの対応能力では、
Q 新型インフルエンザ等が発生した際に、パンデミックになるかどうかを見極めるうえでのポイントは何か。
小島氏 重要なポイントは2つある。一つは、ヒトからヒトへの感染があるかどうか。今回のCOVID-19が世界中の関心を集める中で、ヒトからヒトに感染することが判明した時に、1面トップで扱うことをしなかった全国紙もあった。もう一つのポイントは院内感染するかどうかで、これも院内感染で感染者が出た時の報道もおとなしかった。企業にとってヒトヒト感染と院内感染、この2つの感染が明らかになったときは、目いっぱい、最大限の対応を開始するべきシグナルであると認識した方が良い。
企業は事前に周到な準備を
Q 企業にとって将来的に起きる可能性のあるパンデミック対策として何をする必要があるか。
小島氏 まず企業は脅威の大きな感染症についての概要と対策をA3サイズ紙1枚のペーパーにコンパクトにまとめて明確に整理しておくことが肝心だ。今ならエボラ、黄熱、結核、コレラ、デング熱、ラッサ熱、SARS、MERS、新型インフルエンザ(H1N1やH5N1)やCOVID-19などが対象になるだろう。このペーパーにはそれぞれの感染症の致死率、潜伏期間、感染力と感染方法、感染ルート、検査方法、治療方法、濃厚接触者の管理などのほか、情報収集の仕方、会社の報告ルートの徹底、患者が出た時の緊急指示の仕方などを明記しておく。ゼロからの対応では遅くなるので、基本情報を事前に整理しておくことが重要だ。当局の発表は政治的な背景もあり得るので、待っていては対応が後手になる恐れがある。
さらに事前にBCP(事業継承計画)をきちんと作っておくことが大事だ。仕事の内容を仕分けして、どの仕事を優先して、どのような時間軸でリカバリーする必要があるのか、目標復旧時間(Recovery・Time・Objective)などを事前に決めておく必要がある。強調したいのは「チャイナプラスワン」という考え方だ。中国に生産工場などを持っている企業は、今回のような事態になるとサプライチェーン(部品調達網)が崩壊して部品の調達や供給ができなくなり、企業として大きなリスクになる。
これに備えて、マレーシアやタイなどほかの国で代替生産できるよう準備しておく必要がある。米中貿易摩擦の激化で「チャイナプラスワン」を再検討する動きは出ていたが、今回の事態を受けて企業はリスク回避の観点から一層真剣に考えなければならなくなるだろう。
Q 今回の新型ウイルスについては、感染症の専門家の発言もどこまで信用してよいのか分からない面があったが。
小島氏 感染症で怖いのは、ウイルスが見えないことだ。自然災害なら目に見えるが、ウイルスは分からないところに怖さがある。特に新型ウイルスは情報がないので、専門家でも正確には分からないことが多い。ある専門家はある時点で新型ウイルスに関して「空気感染はしないので、怖がるな」と発言していたが、飛沫感染しているのに空気感染しない、と言い切れるだろうか。新型ウイルスの流行時は、情報不足から専門家の言っていることが一致しないので注意する必要がある。