営業やサービスの提供という自覚に欠けた商売にお客さんが定着するはずもない。農水省や農協や自治体などの農業関係者の論理ばかりが先行し、事業に取り組む農家自身に、自らが抱く農業・農村の価値観を絶対化し、お客さんの視点で提供するモノやサービスの質を問う努力が足りないのである。
「農家そして農村は弱者であり、産業発展の踏み台にさせられてきた」、あるいは「農業が海外から農産物関税の引き下げを要求されるのも輸出産業のせいだ」などと現代の「貧農史観」にしがみ付き続ける日本の農業界の意識こそが問題なのだ。それゆえ、日本であればこそ大きな潜在的可能性のある農業や農村ツーリズムなのに、顧客本位、マーケット本位の視点が育たないのだ。
農業や風土あるいは土に癒しを求めるのは日本人だけではない。冒頭でも述べたように、成長著しいアジアの人々をターゲットとした素晴らしい経営資源である日本の緑なす風土を、農業・農村は持っている。
ニュージーランドやオーストラリアなどで、エコ・ツーリズムあるいはワイナリーを兼ねたレストランなどが、農業地域の産業として成長している。欧米やアジア諸国から遠い場所にあるにもかかわらず、海外から多くのツーリストたちを呼び込んでいる。それらの国々で、農村のツーリズムビジネスに対する補助金などというものは無い。そしてそこにあるのは、自己満足の素朴さ、田舎臭さではない。サービス業としての顧客満足だ。
顧客本位で農業公園を再生
日本においても、行政主導型のグリーンツーリズムとして始まり、経営展望が見えなくなる中で経営を引き継ぎ、見事に事業的成功を収めている事例がある。栃木県宇都宮市にある農業とエコ・ツーリズムを提供する「ろまんちっく村」である。
同社社長の松本謙氏は、自動車販売会社を経て事業プランナーとして各種の事業にかかわった後、株式会社ファーマーズ・フォレストを立ち上げ、市営の施設であった宇都宮市の農業公園の再建に取り組んだ。
体験農園、里山公園、イベント広場、スパ付き温泉宿泊施設、地ビール工場など様々な施設で多様なお客さんに合わせたエンターテインメントを提供している。栃木の風土や食材を活かしながら、和食だけでなくフレンチ、イタリアンなど多様なレストランがあり、栃木の麦を使ったパン焼き体験ができる窯まである。直売所をさらに発展させ、通信販売も行っている。
また、補助金の有り無しにかかわらず農業ゆえのエンターテインメントを提供している農家も沢山ある。イチゴの摘み取り農園がそれだ。イチゴは野菜の中で最も収益性の高い作物であるが、摘み取り農園はその中でも最も収益の高い経営形態である。農業生産であれ、エンターテインメント農業であれ、その成功のカギは、経営者の健全な事業欲と経営能力に尽きる。農業・農村の再建のためにまず必要なのは、農業関係者自身が自らを問うことだ。
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