2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2012年5月21日

 有名どころが揃った選挙戦になるかと思いきや、そうはならなかった。選挙管理委員会が立候補者から提出された書類を精査した結果、シャーティル、アブー・イスマーイール、スレイマーンという有力者3名が資格を満たしていないと判断されたのである。最終的に選挙は13名の候補者で争われることになった。現在有力なのは、ムスリム同胞団のムルスィーと元団員のアブルフトゥーフ、そして前アラブ連盟事務局長ムーサであるが、元軍人のシャフィークのもつ動員力も未知数である。混乱の末にようやく立候補者が揃ったが、今後の行政裁判所や議会の動向次第で、誰が当選するか見通せない状況にある。

 大統領選挙と新憲法の草案作りという、新しい国家の体制を決める重要な出来事が目前に迫っているが、憲法が議会と大統領の関係をどう規定し、大統領に誰が選出されるかで、エジプトの将来が大きく変わることになる。しかし、これもかなり混迷している。どの国家でも、憲法を規定してから大統領を選出するのが当然だが、ムスリム同胞団のメンバーが半数を占める新憲法草案委員会に不満を持ち、委員が次々と辞任する事態となり、大統領選挙の実施に憲法制定が間に合わない状況となっているのである。つまり、誰が選出されるにしても、その後制定される憲法によっては、国家の形がかなり変わってくるのである。

 仮に、ムスリム同胞団が議会を占め、大統領もムスリム同胞団となると、懸念されるのが、ガザを実効支配するハマス、そしてイスラエルとの関係である。ムスリム同胞団のパレスチナ支部として始まったハマスは、当然ながらエジプトのムスリム同胞団と密接な関係にある。昨年8月末にエジプト・イスラエル国境でイスラエル軍がエジプト軍兵士を誤射する事件が起きた際には、カイロのイスラエル大使館が暴徒に占拠され、焼き打ちされる事件が起きた。

 今後、エジプト人の反イスラエル感情を刺激するような同様の事件が起きた場合、ムスリム同胞団が仕切る議会(あるいは新大統領)は、何かしら具体的な行動を求める世論とサラフィスト勢力に押し切られる可能性がある。その結果、イスラエルやその盟友関係にあるアメリカとの関係に亀裂が生じることも十分考えられるだろう。

低迷する経済
充満する閉塞感

 最終的には、ムバーラク辞任によって取り戻した大国としての自信と誇りが、エジプトをいい方向に導くことを期待したいが、現段階では必ずしもそうはいかないようである。

 79年以降、エジプト政府はイスラエルとの平和条約締結の見返りとして、アメリカ政府から毎年20億ドルの援助金を受け取ってきた。しかし、ムバーラク辞任後、この資金援助は、エジプトがアメリカに追随する要因となっているとの非難が噴出する。その結果、政府は革命直後にIMF(国際通貨基金)から打診された緊急援助の申し出に対し、一度は受け入れを表明したものの、世論に押されて断念している。

 低迷する経済状況と、思うように進展しない民主化など、諸々の鬱積した空気が社会に充満するなかで起きたのが、本年2月にポートサイドで発生したサッカー場での乱闘騒ぎである。この事件では、カイロを本拠地とするサッカーチームの熱狂的なファンと、相手チームのファンが衝突して74名が亡くなった。警察が、ポートサイドを本拠地とするチームのファンが武器や火器をスタジアムに持ち込むのを故意に見逃したというが、真相は分からない。

 いずれにしても、この衝突は翌日にはカイロに飛び火し、暴徒化したサッカーファンと機動隊との間で、催涙弾が飛び交う事態となった。このサッカーファンは、正規の職に就くことのできない若者が中心であり、今後も経済の回復が遅れたならば、何かの弾みで再び彼らが暴徒化する恐れもある。

 現在、エジプトは大統領選挙と新憲法の制定を控えるなど、まさに岐路に立っている。52年にエジプトで起きた共和主義革命が十数年かけてアラブ諸国に波及していったように、アラブの大国であるエジプトが周辺アラブ諸国に与える影響は大きい。今後のエジプトの展開次第では、現在内戦の危機に瀕しているシリアやイエメンに影響を及ぼす可能性が高く、アメリカにとってはイランの核疑惑と併せて懸念材料となるだろう。

 一方、エジプトにも中国が着々と進出する。エジプト政府が中国資本を呼び込むためにスエズに建設した工業地区では中国企業の活動が順調で、存在感を強めている。今後は、エジプトを通じてさらにアラブ諸国、特にスーダン、リビアなど北アフリカへの影響を深めてくるだろう。このような状況が進めば、アメリカはますます中東に足止めされ、アジア・太平洋の安全保障上、日本の国益にも影響が出る可能性がある。われわれは、今後もエジプトの情勢を注視していく必要がある。

◆WEDGE2012年6月号より

 

 

 

 

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