第一は、宗教的価値観は重視しつつも、国家体制としてはリベラルを志向する勢力である。インターネットや携帯電話で撮影した映像を配信するなど、情報の発信力もある。そのため、あたかも彼らの声がエジプト人の総意であるかのように伝えられることが多いが、実はエジプトの人口比では決して主流派ではない。革命の立役者である青年を中心とした勢力もこのなかに含まれるが、政治方針を巡って内部の意見の統一を図ることができず、政党の立ち上げに失敗した。現在、その存在は周辺化してしまっている。
第二の勢力は、宗教を基盤とした勢力である。具体的には、議会選挙で議席の約半数を獲得して第一党になった自由公正党の組織母体であるムスリム同胞団と、サラフィスト(初期イスラームへの回帰を志向する者達)と呼ばれる超保守派、厳格派である。サラフィストは、歴代政権下では政治活動には関わってこなかったが、新たに設立されたヌール(アラビア語で光という意味)党のもとに結集し、議席の約25%を獲得して第二党に躍り出た。
宗教勢力が台頭するなか、新しい国家体制の枠組み作りは、勢力争いの場ともなってきた。特に顕著なのが、ムスリム同胞団と軍部の争いである。一例を挙げれば、昨年11月に、カイロ中心部で警察機動隊と若者らが衝突し、十数名の死者を出した事件がある。ムスリム同胞団は、現状に不満を抱く青年層の感情をあおり、軍政に反対するデモを誘導して軍部に圧力をかけようと試みた。しかし、これは、デモが大規模化して収拾がつかなくなり、結局、多数の死者を出す衝突に発展してしまった。
軍部の側も黙っていない。本年初頭、エジプトで活動するアメリカのNGO団体関係者43名(うち19名がアメリカ人)が、エジプト政府の許可を得ずに活動を行ったという罪状で逮捕、起訴される事件が起きたが、この事件は、議会第一党となり批判の矢面に立たされるムスリム同胞団に揺さぶりをかけるために、軍部がNGO関係者の逮捕を許可したものだった。このように、現在のエジプトでは、民主化を支援するNGOでさえも、政治の駆け引きの道具として利用される状況にある。
混戦模様の大統領選
エジプトの今後の行方の鍵を握っているのは、宗教を基盤とした勢力である。大統領は13名で競われるが、当初大統領選挙管理委員会が立候補書類を正式に受理したのは23名であった。
圧倒的な動員力を持つのはムスリム同胞団である。同組織は、ナンバー2のシャーティルを擁立したが、立候補資格審査で振り落とされた場合に備えて自由公正党党首のムルスィーも擁立した。また元ムスリム同胞団員のアブルフトゥーフも有力候補者である。サラフィスト勢力からは、カリスマ的宗教指導者アブー・イスマーイールが立候補した。
元軍人としては、元空軍参謀でムバーラク政権最後の首相を務めたシャフィーク、そしてムバーラクの右腕で、旧政権では諜報庁長官と副大統領を務めたスレイマーンが立候補の申請をした。上記の候補者達のような組織基盤はないが、実は世論調査で常にトップを走り続けてきたのは、アラブ連盟の前事務局長ムーサだった。旧政権の人間だとしてカイロの知識人層には不評だが、やはり全国的な知名度と人気がある。