アルバイーンの今昔
お祈りがすむと、ラフィッドがシーア派の行事「アルバイーン」の写真を見せてくれた。シーア派の三代目カリフであたるイマーム・フセインの死を悼む40日目の日アルバイーンに人々はカルバラにたどり着くことを目指して歩く。ラフィッドはウラと娘たちと4人でナジャフから歩いたらしい。
「アルバイーンの時期にはモスクも道路も人でいっぱい!クウェートやアラブ首長国連邦など外国から、アルバイーンで歩く人をサポートするために炊き出しをしに来る人もいるの」
「歩くより炊き出しするほうが重要なの?」
「どちらが偉いとか重要という違いはなくて、みなアリーやフセインのために何かをしているということが大切なの」
見せてもらった写真には真っ黒アバヤのラフィッドたちが旗などをもって勇ましく歩いていた。たしかこのアルバイーンはサダム政権時代には禁止されていたはずだ。そのことについて尋ねてみると、ラフィッドとウラは顔を見合わせて笑った。
「もちろん、当時はそんなことできなかったわよ。でもみんなこっそりと歩いてはいたんだけどね」
2人には当たり前のことすぎるのか、遠い過去となった昔を思い出す気持ちなのか。ウラが続けて言う。
「私のおじさんもサダムの時代に行方不明になっているしね。殺されたのか、ずっと投獄されていてそのまま死んだのか」
「彼はアルバイーンの時に歩いたの?」
「歩いた訳じゃないけど、とても信仰が深かったから」
スンニ派の人は時にサダム時代を懐かしむような言い方もするが、苦しめられた人がたくさんいるのだ。
「私が住んでいるクルド自治区や、たまに行くモスルはスンニ派の人が多いから、アルバイーンの話はあまり聞いたことがなかったです」
そういうと、
「ははは、そうだね」
2人が揃って笑い、そして私に尋ねる。
「モスルに行ったことあるの?」
「あります」
モスルはイラク北部にあるスンニ派中心の地域で、イスラム国に3年間支配された。イラク軍、有志連合軍によってイスラム国からの解放作戦が実施された時には、世界中でその様子が報道された。
「私もモスルに行ってみたいと思っているんだけどね」
ラフィッドが答える。
「宗教的に行くのは怖くない?」
「別に。みんなイラク人だから」
「ウラはどう?」
「20年以上前、10歳くらいの時にモスルに行ったことがあるよ」
「旅行で?」
「そう」
シーア派の人もスンニ派地域に関心があるのか。自分の中のシーア派の先入観がガラガラと崩れていく。たった数日の滞在なので、表面的なことしか見えていないのかもしれないが、でもこの変わっていく感覚は面白い。
その後はカマルとお絵かきをしたり、アラビア語を教えてもらって過ごした。
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