新聞は感染経路をビジュアル化
「感染経路」をたどって「Patient Zero」と呼ばれる発生源を探す作業を行うことは感染症予防の基本だが、香港は感染経路の報道が詳しい。『蘋果日報(Apple Daily)』という新聞は、1995年に発刊されたが、今の日本の新聞のようなオーソドックスな体裁の他紙とは異なり、記事を分かりやすくするための、雑誌も驚くようなほどのビジュアル化を進めた。結果、あっという間にトップクラスの発行部数になり、他の新聞社も蘋果日報のような紙面づくりをせざるを得なくなった。
同紙は今回の新型肺炎でも本領を発揮している。買い犬が新型コロナに感染し死亡したというケースがあったが、新聞ではマンション名「瑞士花園」に住む60歳の女性で、競馬の馬主もしていると書かれ、犬の感染のほかに、29歳と47歳の2人の女性家政婦が感染したほか、63歳の兄も感染し、さらに兄の妻(62歳)も感染したという事が書かれている。これだけ情報を載せてもらえると、読者は判断材料が増えて安心感につながるはずだ。
感染者を特定し、名前をさらす日本社会
日本も厚生労働省のホームページでそれなりのデータを出しているが、残念ながら香港ほどではない。最大の障害はプライバシーだ。ある自治体の記者会見で「親族からの要望でこれ以上の情報は控えさせていただきます」と発言する担当者の姿を見た読者もいるかと思うが、各自治体でどこまで情報を公開していいのかという線引きが難しいことがよくわかる。
言うまでもなく、プライバシーの尊重は極めて重要だが、情報が少ない事は結果的に感染リスクを高めることになる。日本がプライバシーをかなり重要視しなければならない大きな要因は、いじめと風評被害・誹謗中傷ではないかと考える。筆者の知り合いの子どもが通う都内の小学校で、ある児童が感染し、その噂が広まると誰かがネットを使って感染者を特定し、SNSであっという間に広がったという。学校が再開されたとき、その児童がいじめにあわないと言いきれない日本の悲しさがある。風評被害や誹謗中傷に関しても、感染者が出た病院の医師らがタクシーの乗車を拒否される、仕事先を訪問したら建物に入るのを断られるなど、さまざまなケースがある。〝魔女狩り〟のように犯人探しをする社会が情報公開をためらわせる。
「人間として恥ずかしくないのか?」と思うような行動をする社会に日本がなってしまったことを深刻に捉えた方がいいだろう。香港でそういった事があまり起こらないのは、少なくとも新型コロナウイルスに関しては、2次感染を防ぐためにプライバシーがある程度なくなるは仕方ないと納得しているからだ。感染者が発生した後も、そのエリアは普通の人間の営みが行われている。日本人も2次感染を防ぐために個人情報がある程度公開されるということを理解すれば、少しはいじめや誹謗中傷が減ると思うのだが、筆者は楽観的すぎるだろうか?
ウイルスは自分では動かない、広がらない。世界中の180カ国・地域以上にまで運んだのはひとえに人間のせいだ。3月28日、29日などの東京都の外出自粛要請があった週末の人出は、普段よりは減ったのは事実だが、不況不急でない人の外出も相当数あったのは事実。新型コロナウイルスがここまで広がった以上、感染拡大はしばらく止められない。緊急事態宣言は1カ月ほど出るようだが、それが効果を発揮しても、1カ月後に元の生活に近いものが戻って来るかというとそうではない。そもそも数カ月単位で行われる可能性も低くないと筆者は思っている。感染者や親族が「個人情報を提供したらプライバシーは侵されず、世間に役立ててもらえる」と感じられるような社会になることができれば、コロナを早期に克服できるかもしれない。
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