2024年12月23日(月)

Wedge REPORT

2020年4月6日

危機(クライシス)の際に求められるコミュニケーションのあり方とは、どのようなものなのか? 東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏に話を聞いた。

(Image_Source_/AFLO)

東日本大震災と酷似

Q 新型コロナウイルスに対する初期の情報発信について

関谷 特にテレビ報道においてですが、東日本大震災における放射能問題と酷似していると感じました。様々な専門家が登場して、それぞれが〝正しい〟と思うことを発信しているのですが、情報を受け取る側としては、「どれが正しいのか?」ということが分からなくなってしまいます。情報が錯そうしていくことで、インターネット上では「陰謀論」などが語られるようにもなりました。

 行政の情報発信においても、ちぐはぐさがあったと思います。例えば、ダイヤモンド・プリセンス号で乗客が降ろされるときに、どういう方針でそのようになったのか? ということが十分に伝わっていませんでした。「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」と国内の対策についても、極めて重要な役割をもっているにも関わらず、当初はどのような役割のもとに召集され、どのような対策を実施しようとしているのかがよく見えませんでした。

 ここに海外の状況と対応に関する情報と日本の対応への批判も加わりました。韓国や台湾では感染を発見するためPCR検査多く実施し、患者の情報を公開しているのにもかかわらず、日本はなぜそれらをしないのか? といったものです。

 情報が錯そうして、どの情報が正しいのかということが分かりづらい状況が続いています。

Q 危機におけるコミュニケーションとしては何が必要なのでしょうか?

関谷 すでに危機に陥った場合、人々にどのように行動してもらうか、またその必要性を、透明性と公開性を前提に、丁寧に説明することが大事になります。台風や豪雨災害で「避難指示」などが出た場合、従わない人が少なくないように、実際に行動を起こさせることは容易なことではありません。そこでは仕掛けが大事です。

 例えば、感染者の増加が続いているにもかかわらず、3月20日に「学校の一斉休校措置を解除」という情報が出たり、経済対策が発表されたりしました。長期間学校を閉鎖することの弊害や、自粛を続けることでの経済的ダメージを減らすという政治的配慮は理解できますが、メッセージが「感染拡大の阻止」と「終息に向けた取り組み」という対立する意味になっています。結果的に、20日からの三連休では「コロナ疲れ」という言葉も生まれ、桜も咲いたこともあって上野公園や新宿御苑などに多くの人が訪れました。これは、「感染拡大の防止」に対しては逆効果です。危機の最中には、どちらのほうがより大事なのか、優先順位をつけた情報発信が必要です。

Q 具体的にどのようなコミュニケーションの方法が必要なのでしょうか?

関谷 感染拡大防止に向けた情報の発信の仕方に弱さが見られました。感染拡大防止に向けては、強いメッセージを出すことが必要です。

 北海道の鈴木直道知事が緊急事態宣言を出しました。法的根拠がないという批判もありましたが、それだけ〝強いメッセージ〟を出したということが伝わります。だからこそ、「一定の効果があった」と評価されているのです。

 一方で、埼玉スーパーアリーナで開催されたK-1のイベントです。もっと強く「中止」を求めることはできたのではないかと思います。また、現段階の「自粛要請」も同様の問題があります。「自粛」と「要請」など言葉が矛盾していること、などが問題となっていますが、人の命がかかっている問題であり、感染症予防のために自宅にとどまるべき、医療崩壊を生む可能性があるので感染者自体を減らさなくてはならないことをもっと強く打ち出すべきです。

 また法的には「自粛要請」しかできないことも問題となっていますが、そもそも法律上定められている災害時の「避難勧告」「避難指示(緊急)」「屋内退避」なども、そもそも罰則はなく、法的強制力は強くないのですが、大きな問題とはなっていません。また、1999年のJCO臨界事故のときように法的根拠はなくとも「屋内退避」要請がなされたこともあります。緊急事態宣言という法的根拠にこだわることも重要ですが、人がとるべき行動は変わりがありません。メッセージの発信者がどれだけ人の命がかかっている問題であるかを真剣に伝えられるかではないでしょうか。

Q 感染者を発表する際に、プライバシーへの配慮が問題になります。情報の問題だけでなく、経済活動の制限などについては、自治体や政府は保守的になりがちです。だからこそ、政治家、リーダーの情報発信が重要になるということでしょうか?

関谷 感染症予防や災害という命に直結する局面においては、多数の生命、身体の安全を守るという公共の福祉のために、個人の人権は合理的な範囲で制限されざるを得ないものだと思います。

 また、プライバシーの制限や経済活動の抑止などリスクをとらざるを得ない、ある意味でイレギュラーな行動をとる必要が出てくる場合は、その判断に対する丁寧な説明や、政治家の強いメッセージが必要になってきます。

 韓国や台湾では、そのような感染者に関する情報発信が感染症予防に直結していることについて丁寧に説明され、理解があるからこそ批判が出てこないのです。

 また、英国のジョンソン首相や、米国のトランプ大統領のように強いメッセージの発信も重要です。二人とも、ほぼ半分の人が支持していないリーダーです。それでも、ジョンソン首相はテレビに向かって、原稿を読むことなく自分の言葉で今ここにある危機について訴え、トランプ大統領も「自分は戦時の大統領である」として、連日自ら記者会見に臨んでいます。

 この二人以外にも、海外の多くのリーダーは、リアリスティックに、最悪のケースとして国民が犠牲になる可能性に言及し、「平時とは違う有事なのだ」という強い覚悟を伝えようとしています。それらコミュニケーションの手法には、単なる法的な強制力のあるなしではなく、人々の「モード」を変える効果があったと思います。法的根拠も重要ですが、強いメッセージが必要です。

【関谷直也】
1975年生まれ。1998年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2001年東京大学大学院人文社会系研究科社会情報学専門分野修士課程終了。2004年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授。

  
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