歴史に学ぶ人事制度
まず、狭義の企業研修です。これは木ではなく森を見させることです。これに広義の捉え方として、人づくりの仕組み、つまり大地をみる企業風土ですが、これまでを想定内にしておくことです。想定内にすることは、会社をあげて職場での教育体制などを拡充することです。教え学ぶ風土を再構築する運動と見ればいいでしょう。その運動の先頭に立つのは教育担当者です。その覚悟が問われてくるでしょう。
もうひとつは、歴史に学ぶことです。どのようにして現在の人事制度ができあがり、人を育てる研修が始まったのかを素直に学び直すことです。私たちの先輩は、人づくりを始め大地が形成されていった。その上に狭義の研修を編み出してきたのです。
――冒頭で「企業は人で成り立つ、だから人を育てるために研修がある」という考え方に触れられていました。歴史を振り返るという問題提起をされていくと、研修とは狭義のものであり、その根っこにある人事システムそのものが人づくりのためのものという捉え方ができるのではないかと思えます。
中澤氏:それが結論です。日本の人事システムそのものが人づくりを主眼にして作られているのです。戦後の復興期を終え高度経済成長期に入った1955年ごろの日本は、欧米諸国に「追いつけ追い越せ」を合言葉にしていました。そのためには単純な年功序列では勝てない、能力主義を徹底させることこそが成長のかぎである、と人事の大先輩たちは考えたのです。
旧日経連が出した『能力主義管理‐理論と実践』が、そのさきがけです。この本が出版されたのが69年、それ以降70年代から現在まで約40年にわたり、人を育てる人事システムづくりに精魂をそそいできました。職能資格制度は、まさにその骨格だったのです。日本は欧米にない独自の人材育成システムを構築してきました。それは事務系だけでなく生産現場で働く社員たちにも、能力主義を取り入れたことがあげられます。それが日本の製品の高品質につながるなど、企業の強さとなったことはご承知だと思います。
大地を耕す文化が必要
――例えば、自動車の生産ラインで現場の作業員が自分の判断でラインを停止させられるなどは、欧米では考えられない仕組みでした。社員の能力を高めることは、企業の強さに直結します。ただ、企業の成長とともに人事内では、人事制度と教育研修が分業されていきます。これが大地を見えにくくしてしまったともみることができますね。
中澤氏:人事が機能分化されたのは、そのとおりです。その結果、人事課長は人事制度を活用するが、そもそもの人づくりの巨大システムであることを意識しない。教育課長は企業研修を通し人材育成に力を入れるが、人事システムが人を育てる仕組みであることに目が向かなくなってきた。ともに大地を忘れてしまった結果、大地を耕す文化が消えていってしまったともいえるでしょう。これが“自明の罠”です。このことを認識することが、何よりも大事なことだと思います。
木や森を見る前に大地を見よう。いつしか“想定外”に押しやっていた大地をもう一度“想定内”にするべきです。企業研修の意義を問うことは、人づくりの仕組みとは何かを問うことです。
――歴史ある企業には、人づくりの原点があるのはわかりました。しかし、設立後間もない企業には、振り返るべき歴史がありません。
中澤氏:新しい企業こそ、大先輩が作り上げてきた日本の人事システムの良さを導入できるメリットがあります。そこにある歴史を学ぶことで、人づくりの根幹に触れることができるはずです。企業の設立年数は問題ではないでしょう。人事の本質を見つめる意欲こそが問われるだけです。
中澤二朗(なかざわ・じろう)
1975年新日本製鉄入社。鉄鋼輸出、生産管理、労働部門などを経て、人事部門に異動。2001年新日鉄ソリューションズ発足にともない初代人事部長に就任。30年近くにわたり人事・採用全般に携わる。11年4月から現職。高知大学客員教授も兼ねる。著書に『「働くこと」を企業と大人にたずねたい』(東洋経済新報社2011年発刊)。群馬県出身。
(写真 1ページ目:新日鉄ソリューションズ提供、3ページ目:著者提供)
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