2024年11月24日(日)

From NY

2020年4月15日

寄付したワーナー会長とは何者か

 さてこのタイ・ワーナー会長という人物は、いったい何者なのか。ちなみに名前は似ていても、タイム・ワーナー社とは全く無関係である。

 現在75歳のワーナー氏は、シカゴで中産階級の両親のもとに生まれた。大学を中退後、俳優になることを夢見てハリウッドに行ったがうまくいかず、5年後に故郷に戻り、父が務めていた玩具会社の営業になったという。1986年、ワーナー氏はイタリアに旅行した際にインスピレーションを受けて、米国に戻ると全財産をはたいて自社Ty Inc.を創設。そして「ビーニーベイビーズ」の製造販売を始めた。従来のぬいぐるみのようにふわふわではなく、プラスチップの粒々を入れた日本のお手玉のような触り心地のこの「ビーニーベイビーズ」たちが、90年代から2000年にかけて世界中で空前のヒット商品となったのである。最盛期の1999年には、年収7億ドル以上の利益を上げたという。

 その利益でニューヨーク市のフォーシーズンズホテル、カリフォルニア、ハワイなどのホテルやゴルフ場を購入し、Ty Inc.はリゾートの多角経営にも乗り出した。同時に赤十字など多くのチャリティ団体を通して恵まれない子供たちやエイズ患者に多額の寄付をし、2006年には「チルドレンズ・チャンピオンアワード」を受賞している。ロサンジェルスで道を聞いた相手が難病の治療中であることを知り、ポンと2万ドル渡したという逸話もある。

 一方でワーナー氏は2012年にはオフショア口座などを使った脱税で起訴され、執行猶予と500時間のコミュニティサービスの判決を受けた。マスコミ嫌いで知られ、表舞台には出てこない謎に包まれた億万長者である。

高級ホテルから医療関係者の寮へ

 ニューヨークタイムズ紙によると、マネージャーのルディ・ティシャー氏は電話でワーナー氏の決断の知らせを聞いたとき、「口の中がカラカラ」になったと告白した。現実的には無理とわかっていながらも、「疲労しきっている医療関係者たちへ、出勤前に卵白だけ使ったオムレツやスモークサーモンを挟んだベーグルなど、最高に美味しい朝食を出してあげることを夢想してわくわくした」という。

毎日奮闘する医療関係者にニューヨークに高級ホテルが無料で部屋を提供している(ロイター/アフロ)

 だがもちろん、この豪華なホテル施設をそっくりそのままにして医療関係者たちが移ってきたわけではない。日々の運営は、医療と渡航安全管理専門の企業組織「インターナショナルSOS」に引き継がれ、レストラン、バー、そして各部屋のミニバーも閉鎖。代わりにテイクアウト用のボックスランチが日々供給されているという。

 非常線を張られた入口には、N95マスクをした看護師が待機している臨時デスクがあり、戻ってきた入居者全員の体温を毎回チェックする。鍵の受け渡しなども人と人の接触が最低限になるように工夫され、人口過密を防ぐために使用されているのは全368室のうちの225室のみ。エレベーターは一度に一人しか運ばない決まりだ。

 部屋からは装飾用クッション類などが取り除かれ、清掃サービスはそれぞれの部屋の入居者がチェックアウトし、部屋全体の消毒が終わってからのみだという。その代わり、余分なシーツとタオル類が提供される。

先着順で瞬時に満室に

 もちろん発表と同時に応募者は殺到し、先着順で瞬時に部屋は埋まった。25泊する予定だというある医療関係者は、かつて片道2時間かけてロングアイランドから通っていたという。それが今では歩いて20分の通勤になった。現在予約はニューヨーク州看護師協会などを通して行われている。

 4月10日の統計によると、ニューヨーク市の感染者数は9万4409人、死者は5千429人になった。この前代未聞の事態となった最前線で、医療関係者たちは日々戦っている。

 この関係者たちの通勤時間が大幅に短縮され、ゆっくり休める環境が整えられてきたのは、一抹の光明を感じさせる明るいニュースだった。

 ちなみに、トランプ大統領はマンハッタンをはじめ全米に何か所も高級ホテルを所有している。大統領こそ、率先してこうした社会貢献の手本を見せたらどうかという声が多くのニューヨーカーからあがっているが、ツイート好きの彼もそれに対しては沈黙を保ったままだ。

  
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