世界の記述

2020年4月18日

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工藤律子 (くどう・りつこ)

ジャーナリスト

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学大学院地域研究科修士課程修了。『マラス―暴力に支配される少年たち』(集英社)で第14回開高健ノンフィクション賞受賞。他、『マフィア国家―メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)など著書多数。

 4月3日(金)の朝には、数日前からスマートフォンがどこにあるかわからなくなった私のために、担当医が自分のものを使って妻とビデオ通話をさせてくれた。本当に親切な女性だ。5日(日)の朝には、妻と娘に「明日なら面会できますよ」と知らせてくれた。息子も来たかったそうだが、面会は2人までと決められているので、諦めたらしい。 

 6日(月)、家族との感激の再会を果たした。もちろん、抱き合うこともできなかったけれど、顔を見られただけで嬉しかった。でも、私の声はひどくかすれていて、言うことがなかなか伝わらなかったよ。その後、再びPCR検査をして、翌日には陰性と判明。晴れて退院できたんだ。

 入院中に一番辛かったのは、スマートフォンをなくしてからの数日間、家族と連絡が取れなかったことだ。担当医がビデオ通話をさせてくれたのは、本当にありがたかった。

4月6日、久々に家族と面会できて上機嫌のセルヒオ

 闘病生活では、不思議な体験もした。入院する前から悪夢にうなされていたようだが、自分ではその頃の記憶がほとんどない。入院中も妙な夢ばかり見た。ちょうど入院前に調べていた革命戦争の現場に自分がいたり、亡き祖母と話をしたり。また、ある時には突然、大便がしたくなって、飛び起きてトイレへ行こうとしたところ、看護師の女性数人に制止され、ひどく叱られた。でも、その時はなぜ怒られているのかすら、わからなかった。頭が混乱していたんだ。

医療機関の民営化が招いた弊害

 それにしても、医師と看護師には心から感謝している。ほとんどが女性だったんだが、彼女たちは過酷な条件のもとでよく頑張っている。中には、出勤して防護服やマスク、手袋、帽子などを全部着けて準備を整えるだけで、2時間近くかかると話す人もいた。

 というのも、マドリード州の公立病院で働く看護師の多くは、短期契約雇用で、病院自体に慣れていないからだ。マドリード州では20年ほど前から右派国民党(PP)が政権を運営しているんだが、医療予算を削減するために医療機関の民営化を推し進め、公的医療を軽視してきた。その政策の誤りが、今回の新型コロナ危機、特にマドリードの医療現場の惨状ではっきりした。 

 政府は今後、公的な保健医療システムの強化に力を入れるべきだ。それが人々を救うということは、私がいた公立病院のスタッフをはじめとする公的医療機関で働く人々の活躍が、証明している。

 現政権(左派連立)は、この危機に際して、最初いくつか間違いを犯したが、その後は(最低限所得保障など)命と暮らしを守るために良く努力していると思う。日本の人たちに伝えたいのは、人の移動・接触を止めることは、効果があるということ。それともう一つ、経済が今後かつてないほど厳しい状況になることは避けられないことだが、今は国が命と生活の両方を守る政策をとるのが、何より重要だということだ。

 人間は、これまで少し傲慢になりすぎていたのだと思う。これからは、もっと謙虚になり、科学に投資し、経済のグローバル化のあり方を再考すべきだろう。確かなことは、私は科学と公的医療制度に救われたということだ(スペインでは公的医療は全て無料)。

  
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