この熱き人々

2020年5月25日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 何とかしたいのはジャズシンガーになる夢。10年で夢が叶ったが、その夢はひとりだけの夢でみんなの夢にはならずに終わってしまった。が、追加の2年のもがきがJUJUの歌をもう一度原点に解き放った。ジャズだけに収まりきれなかった歌への思い、本人の言を借りれば気の多さを素直に受け入れることで、いわば新たなJUJUとして再スタートしたことになる。

 06年。新生JUJUが日本に一時帰国してヒット曲「奇跡を望むなら...」を歌った時、「ありがとう」と声をかけられた。そのひと言が、誰かのために歌うことの素晴らしさに目覚めさせてくれたという。

 今回のアルバムのシアター・レッドには「ありがとう」という曲が入っている。のちに日本レコード大賞優秀作品賞を受賞することになる、川口大輔によるこの曲が、実はJUJUの勝負の3曲目になる予定でレコーディングも進めていたという。

 「私はまだニューヨークもジャズも引きずっていて、余分な子音の強さやビブラートのかけすぎがあった。日本語のバラードを歌う時、そういうのやめてもらえないかな、日本語の意味が変わっちゃうんだよねって川口君に言われたんです。もう、ええ~っ!って感じ。完全にそれまでの自分を否定されたようでスタジオの雰囲気は最悪になったけど、とりあえず私の歌い方と川口君が望むのと両方録ってみて、家に帰って冷静に聴いたらもう一目瞭然じゃなく一聴瞭然。川口君が言ってたのはこういうことかってわかった。日本語を歌うことの難しさを知り、それから言われたことに注意しながら歌い続けた先にできあがったのが、JUJUの喉なんです」

 ってことは、それまではどういう喉だったんだ?という素朴な疑問が生じる。私のための喉とあなたのための喉?

 「1曲目と2曲目はまだジャズシンガーを目指してきた“本名”の喉で歌っていた。11年に初めてジャズアルバムを出せることになった時、JUJUの喉とジャズを歌う〝本名〟の喉が違うことに気がついた。ずっとジャズを歌っていた時の喉のカタチって形状記憶のように残っていて、立体駐車場みたいな感じ。ブルーノート東京でジャズの初ライブができた時、最後に1曲だけ『奇跡を望むなら...』を歌ってほしいと言われたんだけど、“本名”の喉で歌ってたからむちゃくちゃ難しかった。逆にJUJUの喉で歌うライブの時にジャズを入れるのは大丈夫なんだけどね」

ブルーノート東京でのライブ(2019年3月) 写真=佐藤拓央

 喉って面白いネとJUJUは笑った。何だか不思議だけれど、音楽と真摯に向き合って生きてきたJUJUの歴史が確かに喉に刻み込まれているのだという、ズシンとした重さが直球で伝わってきた。

写真=岡本隆史
スタイリング=林 峻之
ヘア&メイク=蒲生亜希子

  
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◆「ひととき」2020年5月号より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

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