チャイナ・ウォッチャーの視点

2020年5月6日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

公務員、技術者、軍人、労働者、農民からマフィアまで

 文化大革命(1966年~76年)の初期、東海岸中部に位置するタンザニアから内陸部で銅を産出する隣国のザンビアへのタンザン鉄道を敷設するために、中国は「労働人民の国際連帯」を掲げて数万の労働者を送り込む。タンザニアの首都ダルエスサラームの港から銅を積みだそうとしたのである。

 だが、このイデオロギーを軸にしたアフリカ接近は、文革がそうであったように当初に掲げた理想とはかけ離れた結果に終ってしまった。

 やがて胡錦濤政権(2002年~12年)の時代になると、アフリカは中国が経済発展を推し進めるために必要なエネルギーと鉱物資源の供給基地となった。

 対外開放政策によって中国が手にした“新武器”である人民元が、それまでの硬直したイデオロギーである毛沢東思想に代わって華々しく、しかも集中豪雨のようにアフリカの大地に注がれたのである。官民を問わずに多くの中国人――公務員、技術者、軍人、労働者、農民からマフィアまで――が中国から移り住む。アフリカは中国が国際政治というパワーゲームを展開するための有力な“持ち駒”になると同時に、中国で大量生産される安価な商品のための広大な消費市場に変貌してもいた。

 次いで登場した習近平政権はアフリカとの関係を一層深める。それというのも、アフリカに「一帯一路」の重要な柱という役割を振り当てたからだ。

 アルミニュウム、コバルト、コルタン及び関連鉱物、銅、ダイヤモンド、天然ガス、金、鉄、石油、プラチナ、錫、チタン、ウランなどの資源のみならず農地までをも貪欲に求める中国の影響力は初期の東部から始まり、中央アフリカ、南アフリカ、西アフリカ、北アフリカと拡大し、いまや北西アフリカ西沖合の大西洋上に浮かぶカーボベルデにまで及んでいる。

 つまりアフリカ大陸を挟み、東のモーリシャス、セーシェル、レユニオンから西のカーボベルデに至る広大な範囲の各地で、いつの間にか中国人(華僑・華人を含む)の活動がみられない国はなくなっていた。

 もちろん旧世代の華僑・華人と同じように1970年代末の対外開放後に移住した「新華僑」と呼ばれる新世代もまた同姓・同郷・同業などを軸とする相互扶助組織を持つ。

 ちなみに、ある中国の研究論文では、2009年段階でのカーボベルデにおける「大陸新移民」を130人とし、華僑華人協会の活動も記されている。なお同国の人口は53万人余(2016年)である。

 ――こう見ると、近年になって伝えられるようになった豊富な地下資源を弄ぶ強欲な独裁者たちの利害打算ゲームだけでは直ちに推し量れない関係が、中国とアフリカの間にはあったことが分かるだろう。中国の歴史の断片が、アフリカ各地に様々な形で刻まれている。中国とアフリカの結びつきは日本人の予想を遥かに超えて長く深かった。この点を等閑視してはならないだろう。

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