想像以上に波紋は広がっているようだ。センバツに続き、夏の甲子園も中止が決定した。新型コロナウイルスの感染拡大という未曽有の出来事は、いわば国難である。このコロナショックを収束へと向かわせるため国民全体が自粛を強いられていることを考慮すれば、大会主催者側である日本高校野球連盟と朝日新聞社の下した「苦渋の決断」はやむを得なかったのかもしれない。
しかしながら高校球児たちのショックは甚大だ。特に3年生部員にとって夏の大会は総決算の場。第102回全国高校野球選手権大会、いわゆる夏の甲子園はその予選である地方大会も中止が決定したことで、野球部での3年間の締めくくりとなる戦いの舞台がなくなってしまった。
各都道府県の高野連は多くが自治体の許可を得られれば、各地方レベルでの代替大会の実施する方向としている。ただ、それでも全国大会は行われない。著名人などの間から規模を縮小した形での秋開催を提案する声も出ているが、現実的には無理だろう。早いところは8月下旬から来春センバツの参考材料となる秋季大会が始まり、今の2年生が中心の新チームへとバトンが渡される。一度中止が決まってしまった以上は後のスケジュールを覆してまで、そうやすやすと「やっぱり何とか別の形で代替の全国大会実施をしよう」という流れには至らない。
心の底から気の毒だと思う。甲子園出場を目標に頑張っていた全国の3年生部員は誰一人として自分たちの代で春夏とも夢の舞台に立てないまま高校での野球生活を終える。それによって彼らのうち、目標として描いていた今後の野球人生を大きく変更せざるを得なくなりそうな球児も実は相当数いることを知っておいて欲しい。
まず高校卒業後、プロ入りを第1希望としている選手にとってはどうしてもイバラの道となってしまうだろう。早い段階からプロのスカウト陣に熱い視線を向けられている有望株ならば甲子園が開催されなくても何人かは、今秋のドラフトで指名されるはずだ。だが、それもスカウト陣から「特A」や「A」(注・球団によって評価方法は異なる)など非常に高い評価を与えるような選手に限られてきそうな雲行きである。地方レベルの試合だけでは力量チェックを図れず、さらにプレッシャーのかかる全国大会でどれだけの力を発揮できるか。このように追加調査しなければならないと踏んでいた選手は球団の判断が難しくなってしまう。
それなりの感触を得られている有力なドラフト候補たちならば話は別だが、プロ志望届を出すべきかどうか迷い始めている選手も多い。スカウトから目配りはされていても、それほど現段階において高い評価ランクではないと自覚していたり、指導者や周囲の助言によって現実的な選択へと傾きつつあったりしているからである。
合宿形式のトライアウトを行うことも検討
だが、当初はこのようなレベルだった選手たちが甲子園の大舞台で潜在能力を発揮し、各球団スカウトの評価を急上昇させたケースはこれまでも枚挙に暇がない。その救済措置としての意味合いもあるようだ。NPB(日本野球機構)やセ・パ12球団の間では春夏の甲子園が中止となったことを踏まえ、プロ志望届を出した高校球児を対象に力量チェックを図るため合宿形式のトライアウトを行うことも検討されているという。もちろんドラフト指名の判断要素につなげようという試みでもあるが、そもそも今の流れでは事前にプロ志望届を出すこと自体を諦める選手も少なくなさそうで、プロ側の画期的な救済措置も絵に描いた餅に終わってしまうかもしれない。
ある3年生エースの話をここに例として挙げたい。今春のセンバツ代表校に選ばれながら大会中止で涙を飲み、最後まで信じていた夏の甲子園開催も消滅してしまった。昨年の秋季大会から主戦投手となってスカウトたちからの評価もそれなりに集めてはいるが、周囲の話を総合すると現段階ではドラフト指名の上位候補とまではいかず「全国大会の出場経験がない」ことも足かせになっているという。
彼本人としてはセンバツ、あるいは地方大会を勝ち抜いて出場が叶えば夏の甲子園でも一気に評価を上げ、子どもの頃から思い描いていたプロ入りの夢をつかみたいと考えていたが、コロナ禍によって檜舞台の場は奪われてしまった挙句に大きな狂いが生じた。所属する野球部は今春のセンバツ代表に選ばれたとはいえ甲子園の常連校ではない点も、もしかしたら彼の能力がプロ側から〝全国レベルでは未知数〟とされている要因につながっているのかもしれない。
彼本人や指導者側もそれを薄々分かっていることから、独自に今夏開催される予定の地方大会への参加を前にして早々とプロ志望届の提出を回避する方向で考えがまとまりつあるという。どうやらスポーツ推薦の話がある大学進学の道を選び、野球を続けていくつもりのようだ。