チャイナ・ウォッチャーの視点

2020年6月3日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

「粤港澳大湾区」構想

 1990年代半ばに完成したマカオ空港関連プロジェクトとこれを補完する形で進められたマカオ再開発事業なども、やはり「愛国」ビジネスの典型と言えるだろう。周辺海域を大規模に埋め立てマカオの面積を20%ほど拡大させ、マカオを香港に次ぐ中国南部への“第2のトールゲート”に変貌させることを目指したのである。

 この巨大プロジェクトを推進する南湾発展有限公司株式の49%は中国側が保持し、スタンレー・ホーが25%を押さえ筆頭個人株主に就いた。中国とスタンレー・ホーとのジョイント・ベンチャーに近いような同社の事業が、中国政府が近年になって強く推し進める「粤港澳大湾区(広東・香港・マカオ・グレーターベイエリア)」構想に繋がっていると見做すなら、彼の「愛国」ビジネスは「企業家」としての彼にハイリターンをもたらすことになるはずだ。

 こう見てくると、彼はマカオに第2の何王朝を築いたとも言える。かくて個人的には幼き日に味わった屈辱を晴らしたようにも思える。

 スタンレー・ホーもまた、同世代の他の華人企業家の例に違わず艶福家として浮名を流してきた。前後して娶った妻はポルトガル人や中国人を合わせて4人で、17人の子供がいるとされる。

 華人企業家一族が多く経験するように、家長の高齢化に伴って権威低下が見られるようになると、家族の間で経営権と資産を巡って争いが起きる。大家族であればあるほどに、争いは複雑化し泥沼化するのが常だ。スタンレー・ホーの家族も例外ではなかった。だが2009年に脳疾患で倒れた後、彼は財産の均等配分を打ち出した。かくて一族内の争いは終息に向かった。

 彼の事業を引き継いでいるのは、2番目の妻であるルシア・ラム(藍瓊瓔)との間に生まれた長女パンシー(何超瓊)、次女デイシー(何超鳳)、それに後継者として育てられたローレンス・ホー(何猷龍)の3人だが、最後に娶った4番目の妻であるアンジェラ・リョン(梁安琪)も経営陣の一角に参画していると言われる。

 スタンレー・ホーによって築かれた第2の何王朝が今後、どのような道を歩むことになるのか。それは不明だ。だが、スタンレー・ホーと同じような手法がこれからも通用するとも思えない。それというのも、特別行政区に「高度な自治」を保障する「一国両制」の骨抜き化が習近平政権下で急速に進んでいるからだ。

上下関係の色合いがより強くなる

 香港が香港であり、マカオがマカオであった最大の要因であり、香港を「金の卵を産む鶏」として振る舞わせた経済の自由放任主義は、やはり共産党政権による一元的統治の対極に位置するはずだ。かくて政治も中央政府のタガがガッチリと嵌められることになる。

 2014年秋の「雨傘運動」を起点とする一連の民主化運動は、1年前の「逃亡犯条例」反対運動にみえるように過激化・長期化の道を辿り、「金の卵を産む鶏」の魅力は色褪せ始めた。

 かつて香港と北京との間で問題が起きた場合、包玉剛(Y・K・パオ)や霍英東のような有力企業家が“個人的人脈”をテコにして仲介役を果たし、「双嬴(ウイン・ウイン)関係」の構築を目指した。だが時代は確実に変化する。すでに香港では彼らのような企業家は鬼籍に入ってしまったし、北京にも彼らを受け入れた鄧小平のような老獪な指導者はいそうにない。なによりも共産党独裁政権の幹部、つまりガチガチの党官僚ということだろう。

 であればこそ、これからの北京の中央政府と香港、マカオの両地方政府の関係は、統治機構としての上下関係の色合いがより強くなることは避け難い。

 スタンレー・ホーの死から2日が過ぎた5月28日、香港における反体制活動を禁ずる「香港国家安全法」の制定方針が、全国人民代表大会(全人代=国会に当たる)で採択されている。このニュースを聞いた時、己の尾に喰らいつき我が身を環のようにくねらせる竜(あるいは蛇)を図案化したウロボロスの像――強欲に突き動かされるように我が身を喰らい、やがて心臓から脳までも喰い尽くすことになる――が浮かんだ。

 スタンレー・ホーの死が、香港とマカオにとって新たな殖民地の始まりを奏でるレクイエムのように思えた。

  
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