2024年12月4日(水)

WEDGE REPORT

2020年6月11日

キャッシュレス決済対策として研究が始まったデジタル人民元

 デジタル人民元の研究が開始された2014年というと、中国で4Gが普及し始め、スマホによるキャッシュレス決済が広く行われるようになってきた時期である。アリババが提供するアリペイやテンセントが提供するウィチャットペイが一気に普及した。

 これらは第三者決済と呼ばれ、そのサービスを提供する機関が第三者決済機関である。第三者決済機関は決済業務に付随する形で「余額宝」と呼ばれる資産運用業務や「ゴマ信用」という信用評価システム、そして信用評価を利用した少額融資業務など銀行類似業務へと業務範囲を拡大してきた。

 第三者決済機関は銀行に預金口座を保有しており、個人や企業など第三者決済の参加者は第三者決済機関に口座を保有する。参加者間の決済は第三者決済機関のシステムの中で行われ、第三者決済機関の銀行口座とそれ以外の口座の間での資金の移動は、参加者が入金したり出金したりする場合や第三者決済機関自身が別の銀行口座から送金を行う場合などに発生する。

 このように第三者決済機関のシステム内部で参加者間の資金移動がなされ、必要な場合のみ銀行口座間で資金を移動させる方法は、銀行に支払う送金手数料を節約できるという大きな利点を持つ。中国の第三者決済の加盟店手数料は、0~0.55%と非常に低いが、多くの参加者を集め、第三者決済機関のシステムの中で完了する決済が多くなればなるほど、決済コストは低下する。

 極端な例を考えてみよう。中国のすべての個人と企業が第三者決済機関に口座を持ち、すべての資金移動が第三者決済機関のシステムの中で行われるとしよう。企業は第三者決済機関から融資を受け、第三者決済で給与を支払う。個人は第三者決済で店舗に支払いを行い、店舗も仕入れを第三者決済で支払う。そうすると、貸出・通貨量の増減や金利の上下がすべて第三者決済機関のシステムの中で行われることとなり、中央銀行の決済業務と金融政策の機能が第三者決済機関に移ってしまう。もちろんこれは極端な仮説であり、第三者決済には一部利用限度額が設定されているので、そういうことが実際に起きる可能性は低いだろう。しかし、第三者決済の参加者が増加し、現金の減少と銀行類似業務の拡大が続くと中央銀行の業務が大きな影響を受ける可能性は否定できない。

 2014年にデジタル人民元の研究を開始したことについて2016年1月に人民銀行が開催したデジタル通貨フォーラムでは、アリペイやウィチャットペイなどの民間デジタル通貨の発展がすでに「中央銀行の現金発行業務と金融政策に新たな機会と挑戦をもたらしている」と指摘している。デジタル人民元の研究は、民間の第三者決済普及に対応して中央銀行業務を維持しようとする目的から始められたものと考えてよいだろう。

強化された第三者決済への監督規制

 第三者決済機関の銀行類似業務について、中国政府は規制監督の網をかけ始めた。第三者機関のシステムの中で多くの資金移動が行われていると、マネーロンダリングなど違法な取引が監督当局から見えなくなる。そこで、人民銀行は「網聯」と呼ばれる決済機関を設立し、2018年6月以降、すべての第三者決済機関は網聯と接続し、網聯を通して銀行と情報をやり取りすることとなった。

 また、「ゴマ信用」などの信用評価システムについては、人民銀行主導の下でバイハンクレジット(百行征信)という信用情報会社が2018年3月に設立され、民間の信用評価システムで得られる信用情報はすべてこの会社に集中されることとなった。同社は俗称「信聯」と呼ばれる。

 アリペイやウィチャットペイが実施していた少額融資制度は、2014年末から2015年にかけてそれぞれが人民銀行の監督下に入る銀行を新たに設立し、業務を移管した。さらに、2019年1月から第三者決済機関は顧客からの預かり資金の100%を準備金として人民銀行に預けることが義務付けられた。

 規制監督の動向とデジタル人民元発行の動き合わせて見ると、中国政府の方針は第三者決済機関による新たなサービスの創出を容認しつつも、それらを銀行システムに取り込み、銀行と同様の監督規制の網をかけた上で、決済情報や信用情報などの情報は政府が集中管理することを目指しているものとみられる。


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