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2020年5月26日

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岡田仁志 (おかだ・ひとし)

国立情報学研究所情報社会相関研究系准教授

1965年大阪府生まれ。東京大学法学部卒業。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士前期課程修了。同研究科博士後期課程中退。博士(国際公共政策)。2000年から国立情報学研究所助教授。2007年より現職。著書に『決定版ビットコイン&ブロックチェーン』(東洋経済新報社)、『リブラ 可能性、脅威、信認』(日本経済新聞出版社)など。

(Kachura Oleg/gettyimages)

 2020年4月14日、中国のネットニュースに真偽不明の写真が出回った。スマートフォンのアプリを撮影した画像には「銭包」の文字があり、それが電子財布であることを示している。なにより目を引いたのは、画面の上部を占める横長の長方形のデザインであった(画像はこちら『Suzhou to be pilot city for central bank digital cash』ASIA TIMES FINANCIAL)。

 青緑色の長方形に描かれていたのは、毛沢東の肖像であった。人民元の紙幣を思わせるようなデザインである。左上には中華人民共和国の国章が飾られ、中国人民銀行の筆文字のロゴも見える。そして左側には「¥1.00」の表示がある。これが本物であれば、青緑色の長方形はデジタル人民元の「紙幣」を意味するのだ。

 数日後、中国人民銀行はデジタル人民元のパイロットテストを実施する計画を明らかにした。実験の地に選ばれたのは、深セン、蘇州、成都、および北京南東の副都心「雄安新区」の4都市である。一部報道では、米スターバックスやマクドナルドも参加するという。果たして、デジタル人民元は何を目指すのであろうか。その背景を考察する。

中国農業銀行のロゴマーク

 中国がデジタル人民元を発行する目的は必ずしも明らかではない。一つの仮説として唱えられているのが、元の国際化のための手段である。ブレトンウッズ体制以降、基軸通貨の役割を担ってきたのは米ドルであった。いま国際決済に占める人民元の割合は2%程度に過ぎない。だが、中国が推し進める「一帯一路」構想では、周辺諸国と経済を一体化することが計画されている。

 仮に、中国国内の銀行に口座を持たなくてもデジタル人民元を利用できるように設計されると、中国国外でも容易に人民元にアクセスできるようになる。モバイルアプリとしてデジタル人民元の利用が拡大すれば、5G携帯の普及とともにアジアやアフリカの国々にまで人民元の決済圏が広がるかもしれない

 独自の決済圏を持つことは、既存の基軸通貨からの自由をもたらす。米ドルの決済圏に属していると、経済封鎖を受けて米ドルの口座を凍結される可能性もある。だが、独自の決済圏を構築すれば、そこでの主導権は自らの手にある。そのために必要とされるのがバーチャルな経済圏の創設であり、そこで流通する新しい基軸通貨である。ゆえにデジタル人民元の登場は必然であった。そのような仮説である。

 冒頭の、デジタル人民元のアプリとされる画像をよく見ると、左下に中国農業銀行の文字が記されている。中央銀行としての中国人民銀行が紙幣を発行するのに、なぜ中国農業銀行が関与するのであろうか。そこには、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行形態にまつわる、二つの方式が関わってくる。

 およそCBDCの発行形態には直接型と間接型がある。国民が中央銀行に口座を持ち、直接にCBDCを受け取るのが直接型である。日本人であれば日本銀行に預金口座を持つことになるが、現行の制度を変更することになる。これを避けるため、多くのCBDCは間接型で発行される。中央銀行から市中銀行の口座を経て、国民に届く仕組みである。

 画像を見る限り、デジタル人民元は間接型を採用しているようだ。中国人民銀行が発行したデジタル人民元は、中国農業銀行などの商業銀行を経て利用者の手元に届く。銀行に口座を持つ人であれば、デジタル人民元を手軽に入手できるようになる。

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