2024年12月10日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年7月1日

 6月に入り、韓国における脱北者団体の北朝鮮へのビラ散布を契機に、南北間の緊張は一挙に拡大している。6月16日午後、北朝鮮は、金与正の予告通り、開城団地内の南北共同連絡事務所を爆破した。この事務所は、2018年4月の文在寅・金正恩共同声明に基づき、建設費全額を韓国側が負担したもので、韓国はこれまで建設費、運営費等約170億ウォン(約15億円)を投じてきた。

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 無原則なまでに対北融和に固執してきた文在寅政権にとっては、今回の出来事は大きな痛手である。それでも、6月15日の文在寅大統領の発言によれば、対北融和路線を続けるつもりのようだ。与党はビラ規制のために新たな立法化を打ち出している。他方で、政府は、既に、現行の南北交流協力法を拡大解釈し、ビラが同法が禁止する承認なしに北朝鮮に送る物品に該当するとして、ビラ散布の取り締まりを始めている。更に、脱北者団体の法人設立許可の取り消しの手続きに入っている。これに対して、表現の自由や法の拡大解釈、対北弱腰姿勢などについて、野党、大手マスコミ等などからは批判が出ている。北朝鮮に言われて、民主主義の基本的価値である表現の自由をいとも簡単に曲げることを、批判されるのは当然であろう。太陽政策アプローチには限界がある。なお6月17日、金与正は、韓国が15日、共同事務所爆破の前日に、北朝鮮に鄭義溶安保室長を特使として派遣することを提案し、それを北朝鮮は拒否したことを明らかにした。

 南北関係の緊張は予断を許さない。暫く注意を要するだろう。北朝鮮は、例えばSLBM の発射や黄海の南北境界線水域での何らかの軍事行動の可能性も否定できないと思われる。また今後脱北者の安全に一層注意していく必要があるだろう。

 北朝鮮の意図は何か。第1は、宣伝ビラの散布を止めたい。特に北朝鮮は、5月31日に「偽善者金正恩」などと書いたビラ約50万枚が散布されたことを攻撃しているように見える。6月13日の金与正談話にも「委員長同志の権威に触れた」との言及があり、怒りが露わだ。4月の選挙により2人の脱北者が国会議員(野党)になったこともあり、脱北者団体のビラ散布が北朝鮮の国民の動揺をきたす度合いが高まっているのかもしれない。第2は、体制引き締めであろう。経済の一層の悪化もある。北朝鮮は、体制維持のために常に一定の脅威を必要とする。第3は、過去3年のやり取りを一旦なしにして、将来の話し合いのベースラインを2018年前に戻しておくとの戦略があるのではないか。2018年以降トランプとの個人的な関係、南北事務所開設など対米関係と南北関係であった動きは一旦トランプ前に戻しておきたいと考えているのかもしれない。米国に新政権ができれば、2018年以前の時点から再出発しようとの戦略ではないか。当時の譲歩を撤回し、外交カードを温存しておきたいのだろう。

 今回の緊張激化は、実は6月4日の金与正談話から始まった。その中で、金与正は、「脱北者の北朝鮮向けビラに措置を取らないなら南北軍事合意破棄を覚悟せねばならない」と述べ、開城団地の閉鎖や同所の南北共同事務所の閉鎖などを警告した。翌5日には、統一戦線部も同旨の談話を出した。2018年4月に設置した首脳間のホットライン等通信回線を6月9日正午に遮断した。6月12日李善権外相が米朝首脳会談2周年の談話を発表し、交渉で米国に譲歩する考えはないと強調し、北朝鮮の戦略目標は「米国の長期的な軍事的脅威を管理するための、より確実な力を育てることだ」「二度と対価なく、米国に業績宣伝の包みを渡さないだろう」と譲歩を否定した。そして13日、金与正は再び談話を出し、ビラを南北境界から北朝鮮に向けて飛ばしていることを巡る韓国政府の対応に不満を示した上で、次の段階の行動として、南北共同連絡事務所の撤去と韓国側に対する武力行使を示唆した。同談話は当面の警告の取り纏めであり、その中で、「遠からず、無用な北南共同連絡事務所が跡形もなく崩れる悲惨な光景を見ることになるだろう」「次の対敵行動の行使権は軍隊の総参謀部に渡す」と述べた。金与正談話を読むと、北朝鮮の強硬さが印象的である。また談話には、「私は委員長同志と党と国家から与えられた私の権限を行使し」とあり、金与正に大きな権限が与えられていることが分かる。その後6月16日には、北朝鮮は、2018年9月の南北首脳会談の軍事合意により非武装化された地域にも再び進出すると予告した。

  
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